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Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

物語のはじまるところ 最終回

東京に着いたのは昼前で、夜の飛行機の出発まではまだかなり時間があった。 「海が見たい」とヘイリーが言う。僕らはすぐに駅で行き方を聞くと、そのまま電車とバスを乗り継いで、太平洋が見える砂浜まで向かう。 その道中、僕らはずっと無口なままで、砂浜…

物語のはじまるところ その12

「僕はーー」 新幹線は、僕が望むスピードよりずっと速く、僕とヘイリーを東京方面へと運んでいく。自分の手の届く世界から消えてしまったかぐや姫からもらった不死の薬を焼いてしまった帝のように、僕もまたその薬を焼くだろうかと考えて、自分がどうするの…

物語のはじまるところ その11

それから、いくらかの日がすぎた、その夜の後の日も、その夜の前の日と変わらず、僕とヘイリーはそれまでの二人のようであり続けた。僕らは、少し他の恋人たちと違っていた、二人の間には、ひと言も話し合われることなく暗黙の了解となっている、不思議な距…

物語のはじまるところ その10

その発作は、父親が死んですぐではなく、その数年後に始まったのだとヘイリーは僕に語った、いつやってくるのかはまったく予想がつかず、サイコロを振るかのようにランダムに、数ヶ月に一度、夜中にいきなり始まるのだという。原因はよく分からない、父親の…

物語のはじまるところ その9

"I, I... I can't breathe." 僕は夜中、隣で寝ていたヘイリーの激しい呼吸の音で目を覚ました。重度の喘息みたいに、塞がれた胸に必死で空気を送り込もうとあえぐ、さも苦しそうな音が何度も何度も聞こえてくる。明らかに異常な事態を察した僕は、慌てて部屋…

物語のはじまるところ その8

"I love you" 初めてヘイリーと寝た後、ベッドに横たわりながら、僕は目の前のヘイリーの顔を見てそう言った。それはとても甘い時間で、僕はヘイリーの口からも同じ言葉が返ってくるのだと思っていた。けれども、僕にとっては意外なことに、それまでずっとに…

物語のはじまるところ その7

"Wake up. It's already 10am." 羽毛のような柔らかいふわふわとした感触が、鼻先をなでているのを感じて、僕は目を開ける。長い髪を下ろしたヘイリーが、僕の顔を覗き込んでいた、髪の毛が薄絹のカーテンのように揺れ、朝の光を解きほぐして柔らかい綾を作…

物語のはじまるところ その6

ほんの昼過ぎからパーティーが始まったせいで(ギャラリーの近隣との兼ね合いによるらしい)、夕方になる頃には、アリスがベロベロに酔っ払ってしまっていた。彼氏と別れたのが昨日の今日なので、晴らそうとしている憂さがだいぶ深いのか泣いたり笑ったり情…

物語のはじまるところ その5

しばらく、僕の日常はまたのっぺりとしたものに戻っていた。世の中の多くの人がそうであるように、似たような時間に起きて、似たようなことをして一日を過ごし、そして似たような時間に寝る、そういう生活。ストールを早く返さないといけないとは思いつつ、…

物語のはじまるところ その4

「ヘローヘロー」 パーティー当日、カタカナ丸出しの英語であいさつしながら、吉岡がやって来た、ビールだとかワインだとか各種アルコールの入ったビニール袋を提げて、靴を脱ぎ僕の家にどたどたと上がりこむ。 「ようこそ」 ひとことだけ言って吉岡を招き入…

物語のはじまるところ その3

僕がヘイリーと出会ったのは、僕が大学を卒業してすぐのころだった。死んだ両親が残した一軒家の、だだっ広いスペースでのんびり過ごしていたところに、中学時代からの友達だった吉岡が連絡してきたのが、そもそもの始まりだった。 「お前ん家、貸してくれな…

物語のはじまるところ その2

"I'll miss you, フジサン" 東京方面へ向かう新幹線の中で、ヘイリーが車窓から見える富士山に向かってつぶやいた。僕はヘイリーの横顔を見つめる、金色の髪に反射した柔らかい光が、タンポポの種のようにふわふわとその周りを漂っていた。ヘイリーはとても…

物語のはじまるところ その1

むかしむかし、あるところにーー彼女について語ろうとするとき、僕はそんなふうに始めたくなる。全然むかしのことではないけど、まるでそうであるかのように、全然隠すつもりはないけれど、まるで秘密の箱を開けるかのように、僕はそれを語りたくなる。特別…

故郷の番人

"故郷を甘美に思うものはまだ嘴の黄色い未熟者である。あらゆる場所を故郷と感じられるものは、すでにかなりの力を蓄えたものである。だた、全世界を異郷と思うものこそ、完璧な人間である。" ーー聖ヴィクトルのフーゴー 「人は、一生のうちで少なくとも三…

A hermes in a silent town

"Cho-ka (Long Poem)" Flying in the sky, you can see an infinitely elongated line of clouds far away, far above the mountains in a spring day. A bird has a long, long tail; it metamorphoses into the wandering evening star. Spring snows, nev…

ヘルメスの細雪

天飛ぶや 春日の山に 遥かなる 雲居たなびく しだり尾の 山鳥やつす 夕星の か行きかく去き 吾が声を 耳だにかけぬ 春の雪 降り昇りてや 目を閉じる 茜さす 日のことごと ぬばたまの 夜のことごと 月に戯れ 日を欺いて 吾が名を知らで 一つ降り 汝が名も知ら…

誘惑の炎、存在の淵 最終回

ひとり、炫士は家の中に立っていた、どこを見回しても、子供の頃からの記憶がそこに染み付いている、懐かしむとかそういうことに関係なく、炫士がそれを受け入れようと拒否しようと関係なく、ただただ、その記憶は頭の中に絶えず浮かび上がって来る。におい…

誘惑の炎、存在の淵 その11

炫士は孤児のように、夜を歩いた、孤独で、寄る辺なく、何者でもない。あるいは孤児になるために、炫士は夜を歩いた。夜は気配で満たされている、その闇の向こうには、人々の息づかいが、物の怪のような気配として、密やかさに包まれささめいている。その気…

誘惑の炎、存在の淵 その10

炫士は、またしばらく元の生活に戻っていた、夜の街をうろついて、女たちに声をかけ、上手くいったり上手くいかなかったり、面白かったり退屈だったり、そういう生活を再開する。家族とはもちろん、秋姫にも会わなかった、これだけ三人を貶めるようなことを…

誘惑の炎、存在の淵 その9

情欲は、いつまでも湿り気を帯びたままだった、行為が終わって、うつぶせになって休んでいる秋姫の裸の尻をつかんで引き寄せ、炫士は何度でも勃起する性器をもう一度挿入する。秋姫もまた、何度でもそれに応じて、快感とも苦痛ともつかない声を漏らして、炫…

誘惑の炎、存在の淵 その8

火葬場からの帰り道、炫士は無言のままハンドルを握った、助手席には那美が座っている。那美と二人になるということは、できるだけ避けたいことだったが、速彦たちは帰る方向が違うため、結局そうならざるを得なかった。那美がハンドルを取るのは主導権を握…

誘惑の炎、存在の淵 その7

岐史が死んだ。その死のあっけなさは、それについて充分に考えたり解釈したりする時間を与えてはくれず、ただ単に起こったことを受け入れるしかないというようなものだった。深刻な病を患っていたとはいえ、それは死の近さを連想させるような雰囲気を備えて…

誘惑の炎、存在の淵 その6

それからほとんど毎日、炫士はクラブへ通った。安っぽい音が不快で、ウォッカベースの水っぽいカクテルをあおりながら、酔いでその輪郭がぼやけていくのを待って、ふらふらとフロアを歩きまわり、秋姫の姿を探した。たぶん来ないだろうと思いながらも、炫士…

誘惑の炎、存在の淵 その5

炫士は病室を出て、談話室のソファに腰かける。岐史の命に別状はなかった、だが、結局そのまま入院ということになり、家族で岐史の病室に集まりこれからのことなどを話していたのだった。炫士にも死にゆく人間に対するいくらかの同情心はあって、だから速彦…

誘惑の炎、存在の淵 その4

覚めた夢に追われているような気分で炫士は帰り道を歩いた、夜は明け、朝はすでに過ぎて、日は一日の高みへ昇ろうとしていた。住んでいるマンションの入り口まで来たとき、壁に寄りかかっていた人影がこちらを目に止めるなり、すっと体を立てて、炫士の方へ…

誘惑の炎、存在の淵 その3

数日の間、炫士は街に立った、だが、道行く女たちを見ながら、誰一人に対しても声をかけられず、更けていく夜を見送るばかりになってしまっている。怖気付いたのではない、母と兄ともめたことで内省的になりすぎていた、意識が自分に向きすぎて、他人との間…

誘惑の炎、存在の淵 その2

炫士は茶碗の中の白米の柔らかい粒を黒塗りの箸の先でつつきながら、正面に座った父親を見ていた。病のせいでやつれ、小さくなったように見える。白髪の、特筆すべきことは何もない、どこにでもいる中年の男、それが炫士の父親、岐史だった。本当に幼い頃に…

誘惑の炎、存在の淵 その1

炫士は孤児のように、夜の街を歩いた。孤独で、寄る辺なく、何者でもない。あるいは孤児になるために、炫士は夜の街を歩いた。街の中を歩いているのに、突き放されて、その視線はまるで外からもたらされたのように、人々を観察している。十一月の終わり、肌…

つなぐ

――また、この手紙だ。 タカヒロは呟いて、白い封筒を裏と表にくるくる回す。同じ宛先、同じ署名。差出人の住所はない、ただ、封筒の裏面に、Keikoとだけ名前が書いてある。配達のために宛先の住所まで行くと、確かに古い単身者用アパートの一室にたどり着く…

「あなた」のいない日本語

万葉集を読んでいて気づいたのだが、万葉集には「あなた」を指す「汝」という言葉が、「わたし」を指す「吾」と「我」に比べて異様に少ない。第1巻〜3巻で見ると、「我」が104、「吾」が92なのに対して、「汝」はたった5つしか登場しない。 日本には「自己…

抵抗の手段ー権力と美と

権力に抵抗するときに、真正面からそれをやってしまうのは失敗になる。分かりやすい抵抗は把握しやすいため、攻撃も批判も容易になる。また、その抵抗自体が権力の対概念を成してしまうため、むしろその権力構造の一部としてしか存在し得ないという最大の欠…

ストーリーやキャラクターを表現する上で、小説は映画やアニメや漫画に劣るだろうか?

文学ー小説は言語の問題に集中すべきだと人は言う。ストーリーやキャラクターを表現するには、映画やアニメや漫画のほうが分かりやすいし、それで十分だと。だが、小説がストーリーやキャラクターを表現することが、単に不便で劣った物にしかならないという…

「Kawaii」をぶっ殺せ

いろんな国の女の子とつきあったり友達になったりして思うのだけれど、日本を含むアジア人の女性の中には、何らかの形で男性に対する軽蔑が潜んでいる。 もちろん、軽蔑という感情は、女性自身の自己肯定感の低さと、男性に対するむやみな期待値の高さから生…

父の日に

僕が父親について考えるとき、頭の中にあるのは常に、「なぜこの人が僕の親なのだろう?」ということだ。 僕にとって、父親は(そして母親も)人生の退屈さ、空虚、敗北、といったものの象徴だ。決して強さを感じさせることは無い、独裁者的なタイプでもない…

雨滴に浮かぶ

――帰り道で会うなんて、びっくりしました。すごい偶然ですね。 仕事帰りにばったり会った小夜子さんから、メールが来ていた。僕はそのメールを眺めて、すぐには返信をしなかった。何となしの、居心地悪さ。 この人は、僕のことが好きなのだ。僕はそのことに…

君の代わりに 最終回

「何してんの?」 とうとう僕の目の前に現れた「彼女」は、開口一番そう言った。僕は、ずっと待っていた「彼女」の登場に、ぽかんと口を開けてしまう。予期していなかったのだ、僕はそれまでのようにメールを送り続けていたものの、特別なことを何かしたわけ…

君の代わりに その23

彼とユミのための原稿を書き終えたあと、僕にはとくに急いでやるべき仕事もなかったので、数日の間ぼうっとした生活を送っていた。全てが終わったあとで、考えるべきことなど何もない。抜け殻のような僕の頭に、湧き上がる気泡のようにぽつぽつと浮かぶのは…

君の代わりに その22

プリントアウトしたその原稿を読みながら、僕は二度三度と首をかしげ、そしてビリビリと破り捨てる。これではダメだ、ここには、やっぱり「僕」がにじみ出してしまっている。彼の代わりに書かなければいけないのに、どうしても僕が書いているのような感覚が…

君の代わりに その21

ユミヘ 君にこんなことを言うのは、おそらく最初で最後になるような気がする。 君と初めて出会った時、僕は君にかける言葉を探す必要はなかった、ずっと自分のそばにいた誰かと話すような心地良さ、最初から、僕と君の間にはそれがあった。君と言葉を交わす…

君の代わりに その20

僕は、くらげのようにこの一週間を漂っていた、何だかよく分からない感情を、どうにも扱いきれなかったのだ。嫉妬でもなければ絶望でもない、後悔でもなければ悲しみでもない、そういう感情の燃えかすみたいなものが、僕の奥底に転がっていた。未練からも失…

君の代わりに その19

あれから、僕は「彼女」からの連絡を待っていたが、そんなそぶりすらない。もう会うこともない、という「彼女」の言葉は、予測ではなく、決心だったようだ。 僕はまた、これまでの生活に戻る。幸い、予想に反して、今までより依頼が安定的に入るようにはなっ…

君の代わりに その18

「ごめん」 別れ際、京都駅の構内で、「彼女」がようやく口を開いてそう言った。まるで、こっぴどいケンカをしたカップルのように、僕と「彼女」はずっと喋っていなかったのだ。 やはり、もう僕の仕事は終わってしまい、だから僕は帰ることになった。でも、…

君の代わりに その17

「日記、書いてるの?」 窓際のテーブルでノートパソコンを広げてカタカタやっていた僕に、「彼女」が話しかける。「彼女」は、何でもないふうを装いつつも、ずっと青ざめた顔をして、心はここにあらずという感じで、あまり良い状態とは言えなかった。僕の方…

君の代わりに その16

七月、十日 いったい、あそこで何が起きたというのだろう、いや、何も、起きなかった。私が母親だと思って会いに行ったものは、すでに母親ではなかった。ということは、私には、もう母親はいない。私の感情や思い出が、わずかに付着していたはずのそれは、す…

君の代わりに その15

山の上にひっそりと建っていた精神病院は、しかし、陰鬱だとか、不気味だとか、そういう雰囲気ではなく、こぎれいで清潔な印象すらあった。ただし、隔離された場所、という性質のせいなのか、中に入ると、妙なよそよそしさと、独特の緊張感に固まった静けさ…

君の代わりに その14

七月に入った京都の街を、僕と「彼女」は抜けて行く、祇園祭の賑やかさに泡立ち始めた通りには、観光客と思しき、街の空気から浮き上がった人たちが、キョロキョロとして歩いていた。そういう人たちの、顔、声、息づかい、体温によるいきれ、肌を湿らす汗、…

君の代わりに その13

しばらく、というか、けっこう長い間、「彼女」は実際にそうすることを躊躇していた。母親に会いに行く、と宣言はしたものの、無理もないかな、もう子供の頃から、ずっと避け続けてきた相手なのだ。旅館でだらだらしたり、四条三条界隈をぶらぶらしたり、ち…

君の代わりに その12

六月、二十七日 観光客でいることにも疲れてきて、「彼」とバーに行ってみる。雰囲気はとてもよくて、カクテルも美味しい。 知らない土地で、こういう、観光客がいない所に行くと、本当に誰でもない人間に近づける気がする。観光客である間は、観光客という…

君の代わりに その11

部屋に戻ったとき、「彼女」はいなかった。トイレかシャワーかと思ったが、物音はしていない。まあ、僕が帰ったのは彼女が出たすぐ後だったし、「彼女」がコンビニにでも寄り道していたら僕のほうが先に部屋に戻るのも当然だと考えながら、窓際のイスにもた…

君の代わりに その10

「飲みに行かない?」 三日目の夜、「彼女」がそう言い出した。この三日間、東山、祇園、嵐山と、とりあえず誰もが思いつく京都の観光地で、旅館の近辺にある所は回ってしまい、明日くらいからやや間延びした旅になるんじゃないかと思っていた矢先なので、ち…