Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

僕らが何者でもなくなるように 最終回

それから何がどうなったのか、僕はその全体像を知らないし、そもそも、うまく整理することすらできていない。だから、僕にできるのは淡々として事実を述べるくらいだ。ノリマサは救急車で運ばれたが、とっくに手遅れだったらしい、病院に着くまでには、命を…

僕らが何者でもなくなるように その15

再び、僕は夜の中へ転がり出る。アヤカとノリマサとタカユキを探して、必死で走り回った、なかなか三人を見つけられずに、もがくように手足を動かす。息は上がり、呼吸のたびに、暗闇が肺に沈殿していくようだった、何か、取り返しのつかない酷いことが起こ…

僕らが何者でもなくなるように その14

「何の用だ。いきなり」 最初に鋭い口調で言葉を投げつけたのは、タカユキのほうだった。ノリマサのあまりにぶしつけな登場に、あきらかに怒りを感じているようだった。僕とアヤカは、何が起こっているのか状況がつかめず、横でじっと見ていることしかできな…

僕らが何者でもなくなるように その13

夜は、僕の行く手を塞いでいる。僕の身体と呼吸を蠕動する闇の襞が飲み込んでいく。それはひとつの眩暈で、夜は無を掻き立て人から存在の衣を剥ぎ取る。無の中で、人は両翼のように時間と空間を捉えようと想像力を広げるだろう。そこでは光が、むしろつまづ…

僕らが何者でもなくなるように その12

もらった本をバッグにつめて、僕はアヤカの部屋を出た。何か助けてあげられることはないかとか、タカユキに連絡すればしばらく逃げられる場所くらい確保してくれるんじゃないかとか提案してみたのだが、アヤカは何度も「大丈夫」だと繰り返すだけだった。心…

僕らが何者でもなくなるように その11

とうとう週も明けて、人の生活のもう一サイクルが始まったころになって、ようやくアヤカから連絡が来た。特に自分の今までの状況についての説明とかそういうものはなかった、ただ、明日の昼過ぎにでも家まで来て欲しいのだという。あまり元気はなさそうだ。…

僕らが何者でもなくなるように その10

それから週が変わって、仕事も落ち着いたので、約束通り僕はアヤカに連絡を入れる。けれども、アヤカは少し待って欲しいと返事をよこしてきた。普段のアヤカの人懐っこさはなくて、手短かでそっけないくらいの態度だった。何か妙だなと気にはなったが、とり…

僕らが何者でもなくなるように その9

僕の家の前でタカユキは、出口のちょうど正面に助手席が来るように車を停めていた。けれども、僕は後部座席のドアを開け、猫のように何食わぬ顔で乗り込む。「前に座らないのか」と言うタカユキに、「後ろの方が広々としていていいんだ」と僕は答えた。車を…

僕らが何者でもなくなるように その8

僕はノリマサを許したのか、と言われると、それはよく分からない。ノリマサは終始三年生の側だったのだから、別に僕らは裏切られたわけではない。僕らは正義と公正さを重視して、ノリマサは保身と権威を重視していただけのことだ。強い恨みを持っていたわけ…

僕らが何者でもなくなるように その7

たぶん、僕はこの辺で、僕らがまだ一緒にいた過去に、ノリマサとタカユキとアヤカの間に、何が起こったのかを言っておくべきじゃないかと思う。アヤカが言ったように、僕らは無知で無自覚だった。だが何に対して無自覚だったのか? 欠落に対して。いや、そう…

僕らが何者でもなくなるように その6

思いがけず、タカユキをアヤカに繋ぎ、ノリマサをタカユキに繋ぐ、なんていう役どころを担ってしまった。 どちらもなんとなくやりにくい話だったが、僕はとりあえず、先に話を聞いていたし、かつ、どちらかといえばやりやすい、アヤカのほうへ話をもっていく…

僕らが何者でもなくなるように その5

どんなふうにアヤカに連絡を取ろうかと僕は考えていた。僕とタカユキと三人で飲みに行こうと言えば、なんでだと理由を聞かれるかもしれないし、かといってタカユキが来ることを黙っているわけにもいかない。しばらくああだこうだと考えていたが、結局、スト…

僕らが何者でもなくなるように その4

あれこれ話してからどうにか最終的にはノリマサを帰らせた後、いちおう会場に戻った僕を、タカユキは一人で待っていた。 「待っててくれたのか?」 タカユキがうなずく。 「すまなかったな、世話かけて」 「まあ、あの状況でノリマサをどうにかできるのは、…

僕らが何者でもなくなるように その3

「ソウスケ!」 パーティー会場に現れた僕を、タカユキは目ざとくも一瞬で見つけて名前を呼び、肩を抱いてきた。 「久しぶり」 そう返した僕のあいさつは、どこかぎこちない。タカユキに会うのが久しぶりすぎて、なんだか初対面の相手に人見知りするような感…

僕らが何者でもなくなるように その2

人がこの世に生まれてきたとき、その人の人生は、いったいどのくらいが、あらかじめ定まっているものなのだろうか。どんな国の、どんな地域の、どんな集団の、どんな親の子供として生まれてくるかによって、それはどのくらい決められてしまうのだろうか。あ…

僕らが何者でもなくなるように その1

懐かしい人から連絡が来た。かつての同級生。久しく途絶えてなかった交流であっても、その名前と言葉を聞けば、いろんなことが鮮やかによみがえる。記憶が、記憶の中でもとりわけ感情と結びついているような、淡い色彩を帯びたような記憶たちがよみがえって…

物語のはじまるところ 最終回

東京に着いたのは昼前で、夜の飛行機の出発まではまだかなり時間があった。 「海が見たい」とヘイリーが言う。僕らはすぐに駅で行き方を聞くと、そのまま電車とバスを乗り継いで、太平洋が見える砂浜まで向かう。 その道中、僕らはずっと無口なままで、砂浜…

物語のはじまるところ その12

「僕はーー」 新幹線は、僕が望むスピードよりずっと速く、僕とヘイリーを東京方面へと運んでいく。自分の手の届く世界から消えてしまったかぐや姫からもらった不死の薬を焼いてしまった帝のように、僕もまたその薬を焼くだろうかと考えて、自分がどうするの…

物語のはじまるところ その11

それから、いくらかの日がすぎた、その夜の後の日も、その夜の前の日と変わらず、僕とヘイリーはそれまでの二人のようであり続けた。僕らは、少し他の恋人たちと違っていた、二人の間には、ひと言も話し合われることなく暗黙の了解となっている、不思議な距…

物語のはじまるところ その10

その発作は、父親が死んですぐではなく、その数年後に始まったのだとヘイリーは僕に語った、いつやってくるのかはまったく予想がつかず、サイコロを振るかのようにランダムに、数ヶ月に一度、夜中にいきなり始まるのだという。原因はよく分からない、父親の…

物語のはじまるところ その9

"I, I... I can't breathe." 僕は夜中、隣で寝ていたヘイリーの激しい呼吸の音で目を覚ました。重度の喘息みたいに、塞がれた胸に必死で空気を送り込もうとあえぐ、さも苦しそうな音が何度も何度も聞こえてくる。明らかに異常な事態を察した僕は、慌てて部屋…

物語のはじまるところ その8

"I love you" 初めてヘイリーと寝た後、ベッドに横たわりながら、僕は目の前のヘイリーの顔を見てそう言った。それはとても甘い時間で、僕はヘイリーの口からも同じ言葉が返ってくるのだと思っていた。けれども、僕にとっては意外なことに、それまでずっとに…

物語のはじまるところ その7

"Wake up. It's already 10am." 羽毛のような柔らかいふわふわとした感触が、鼻先をなでているのを感じて、僕は目を開ける。長い髪を下ろしたヘイリーが、僕の顔を覗き込んでいた、髪の毛が薄絹のカーテンのように揺れ、朝の光を解きほぐして柔らかい綾を作…

物語のはじまるところ その6

ほんの昼過ぎからパーティーが始まったせいで(ギャラリーの近隣との兼ね合いによるらしい)、夕方になる頃には、アリスがベロベロに酔っ払ってしまっていた。彼氏と別れたのが昨日の今日なので、晴らそうとしている憂さがだいぶ深いのか泣いたり笑ったり情…

物語のはじまるところ その5

しばらく、僕の日常はまたのっぺりとしたものに戻っていた。世の中の多くの人がそうであるように、似たような時間に起きて、似たようなことをして一日を過ごし、そして似たような時間に寝る、そういう生活。ストールを早く返さないといけないとは思いつつ、…

物語のはじまるところ その4

「ヘローヘロー」 パーティー当日、カタカナ丸出しの英語であいさつしながら、吉岡がやって来た、ビールだとかワインだとか各種アルコールの入ったビニール袋を提げて、靴を脱ぎ僕の家にどたどたと上がりこむ。 「ようこそ」 ひとことだけ言って吉岡を招き入…

物語のはじまるところ その3

僕がヘイリーと出会ったのは、僕が大学を卒業してすぐのころだった。死んだ両親が残した一軒家の、だだっ広いスペースでのんびり過ごしていたところに、中学時代からの友達だった吉岡が連絡してきたのが、そもそもの始まりだった。 「お前ん家、貸してくれな…

物語のはじまるところ その2

"I'll miss you, フジサン" 東京方面へ向かう新幹線の中で、ヘイリーが車窓から見える富士山に向かってつぶやいた。僕はヘイリーの横顔を見つめる、金色の髪に反射した柔らかい光が、タンポポの種のようにふわふわとその周りを漂っていた。ヘイリーはとても…

物語のはじまるところ その1

むかしむかし、あるところにーー彼女について語ろうとするとき、僕はそんなふうに始めたくなる。全然むかしのことではないけど、まるでそうであるかのように、全然隠すつもりはないけれど、まるで秘密の箱を開けるかのように、僕はそれを語りたくなる。特別…

故郷の番人

"故郷を甘美に思うものはまだ嘴の黄色い未熟者である。あらゆる場所を故郷と感じられるものは、すでにかなりの力を蓄えたものである。だた、全世界を異郷と思うものこそ、完璧な人間である。" ーー聖ヴィクトルのフーゴー 「人は、一生のうちで少なくとも三…