Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

『君を想う、死神降る荒野で』 その9

 

 る、走る、二人はまとわりついてくる死神たちを《機械》で薙ぎはらいながら、塔の入り口に向かって突き進む。入り口に近づくほど死神の数は増えたが、全部普通の死神だったおかげで困難はなかった。ゼロシキは周囲に無数のリングを飛ばしながら、襲いかかろうとする死神たちをいっさいスキを与えずに血祭りに上げていく、おかげで、タチバナは何もする必要がないほどだった。

 「ゼロシキ、あれ見て」

 タチバナの指さす方向に、塔の入り口が見えた。ゴシック建築を模倣したデザインの重厚な黒い金属のドアがしっかりと閉ざされてそびえ立っている。

 「どうやって入るの?」

 「ぶち破ればいいだろ」

 「《機械》で鍵を作ってロック解除できるんじゃない?」

 ゼロシキは首を横に振って、周囲を覆う大量の死神をちらりと見る。

 「残念だが、そんな悠長なことをやる時間はない」

 言うと同時に、ゼロシキは《機械》をトンネルの掘削機、シールドマシンのような形に変化させる。巨大なシールドマシンにはまるで列車のような車輪が付いており、ゼロシキが腕を振り下ろすと同時に、その車輪が駆動してシールドマシンが加速する、先端のカッターヘッドが轟音を立てて回転し、勢いを乗せたまま猛スピードで分厚いドアへと突っ込んでいく。耳を突き抜けるほど強烈な音圧の衝突音が周囲に炸裂し、削りえぐられたドアの破片が派手に飛び散った。そして地獄の底にいる化け物が咆哮を挙げているかのような音を出しながら、シールドマシンにぶち破られたドアが開く。

 「痛たたた。すっごい音。耳ふさいでるのに目まいがする」

 ふらふらしながら、タチバナがドアの奥へと駆け込む、その後ろ、ゼロシキはまだ飛び交っていたリングで追いかけてくる死神を処理しながら、《機械》の腕でドアを押し、死神たちが入って来られないように閉めてしまった。

 塔の内部は妙に湿って重い空気が充満していた。かつての超高級ゲイテッド・コミュニティの入り口だけあって、内部はいかにもセンスのない金持ちが好みそうな、ヨーロッパの宮殿をモダンにアレンジしたようなデザインになっている。

 「死神、いないのかな?」

 「たぶん、あいつらはここにはいない。上にある東京ヘブンズゲイトが巣になってるはずだ」

 「それで、これからどうするの? 何かここってスッゴイ不気味。ホントに幽霊出そうなんだけど」

 確かに、最新の建築なのに廃墟になった建物は、不気味な雰囲気を備えている。空気は冷たく、辺りは薄暗い、採光の窓はあるが、そもそも照明や空調を使うことを前提とした構造なので、広い空間を満たすにはあまりに弱々しい光しか入ってこないのだ。造りはしっかりしているので特に壊れてしまったようなところはなく、むしろ人がいたときのままキレイに保存されているのだが、それがかえって、今まで活気のあった場所から忽然と人が消えてしまったような非現実的な空虚感をもたらし、静寂に満ちた泉に広がる波紋のように漂わせている。

 「どこか、上に行けるエレベーターを探すしかないだろ」

 ゼロシキは、薄暗いエントランスの、鏡のように磨かれた大理石の床の上を慎重に歩き始める。あまりに広い空間で、静かなのに靴音が上手く響かず、ぼんやりとした霧の中に消えて行くような感じになっていた。エントランスの中心に抽象彫刻のオブジェが置かれており、それをぐるりと抱き込むようにして、空間の両側から赤い絨毯の敷かれたスロープがこちらへ伸びていた。おそらくエスカレーターのように自動的に人を運ぶ装置なのだろうが、建物が廃墟になった今では単なる斜面でしかない。二人は動線に導かれるままに、そのスロープを歩いて登る。建物はとことん贅沢な造りで、スロープにはところどころ装飾のための宝石すら埋まっている、普通なら盗難にでも遭いそうなものだが、死神がうようよしているせいで誰も手を出せない。スロープを登りきると、エントランスにあった噴水を見下ろすことができた、もっとも、噴水を動かす動力がないので単なる円形のプールのようになっており、天井から吊り下がった巨大なシャンデリアが水面に映っている、二人の侵入によって微かなさざ波が浮かび、その写像をほんの少しだけ揺らしていた。

 「何か静か過ぎ。ホント気味悪い」

 タチバナがしきりにそう言う。何か言いたいことがあるというよりも、圧迫感の強い静寂に耐えられず、とりあえず声を出しているという感じだった。ゼロシキはじっと水面を見つめている、薄暗い空間の中、ほんのわずかな光を映じて、シャンデリアが幽鬼のように浮かび上がっていた。その水面を見つめていると、シャンデリアの像がゆっくりと、膨らんだり縮んだりしている。長く無人だった空間に二人が闖入したせいで、水のゆらぎがひとしおなのだろうか、とゼロシキは思う。

 「……いや、違う」

 「え?」

 突然呟いたゼロシキに、驚いたタチバナがそちらを向く。

 「どうしたの?」

 「違う、あれは……」

 「あれ?」

 慌てて、タチバナがゼロシキの視線を追う。ゼロシキの視線は水面に向けられていたが、突然、ツバメ返しのように天井を仰いだ。

 「何かいる!」

 ゼロシキの叫びと同時に、吊り下げられていたシャンデリアが振動し、固定していた金具がぶつりと切れる、真っ逆さまに巨大な物体が落下し、プールに向かって叩きつけられた。ガラスが粉々に砕け、激しい水しぶきと一緒に輝く破片がほとんど幻想的なくらいに妖しくきらきらと宙を舞って、雨のようにぱらぱら床へ落ちていった。

 「うわああ! やっぱり出たあ!」

 腰を抜かしそうな勢いでタチバナが叫ぶ。

 「落ち着け、あれは幽霊じゃない」

 「それじゃあ何なの!」

 「死神だ」

 見ると、ぼんやりとした死神の姿が天井の辺りに浮かび、仮面に空いた穴の奥で笑いながら二人を見下ろしていた。どうやら、シャンデリアの陰に隠れていたらしい。

 「何なのー。びっくりしたじゃん」

 「……幽霊より死神のほうが恐ろしい気もするんだが」

 「ん? 何か言った?」

 「何も。そんなことより、戦う準備をしたほうがよさそうだな」

 ゼロシキが《機械》を構え、いったいどういう風に戦おうか思案する。単純に雰囲気から言っても、どうも普通の死神ではないようだった。

 「何これ、門番みたいなやつ?」

 「さあ。たまたまここに取り残されただけのやつかもしれない。ただ、こいつのせいで調査団は全滅させられてたわけだ」

 死神はふわふわとした動きで、徐々にこちらに近寄ってくる。

 「どう思う?」

 「妙だな。戦闘能力は高くなさそうなんだが……」

 言い終わるより早く、突然死神が加速したかと思うと、あっという間にゼロシキの目の前に現れ大鎌を振りかざす。

 「おっと」

 急いで《機械》から放射状に刃を放ち死神の攻撃を防ぐと、ゼロシキはそのうちの一本で死神の首を斬りつける。

 「ん?」

 刃は確かに死神の首をとらえた、しかし、妙なことに手応えが全くない。まるで、単に素振りでもしただけというような感覚だった。そして突如、死神の体が風に吹かれたロウソクの火のようにふいと消え、後には凍ったような静寂だけが残る。

 「どういうことだ?」

 「……やっぱり幽霊なんじゃ」

 「死神の幽霊ってなんだよ。矛盾そのものじゃないか」

 「でも、今の見たでしょ? 何か、ひゅっ、て感じで消えちゃったし」

 「それは、幽霊というより、たぶん……」

 「あ」

 「何だよ」

 それには答えず、タチバナがゼロシキに向かって槍を構える。それと同時に何があったのかを理解したゼロシキは体を素早くよじって床に伏せる、息のあった動作だった、タチバナはゼロシキの頭上すれすれに鋭い槍の一撃を放ち、ゼロシキの背後にいきなり現れた死神の顔を貫く。しかし、またも死神を討った手応えはまるでなく、その姿は幻のように消えてしまう。

 「うわ。やっぱり」

 「いや、幽霊じゃない」

 体を起こし、ゼロシキが呟く。

 「それじゃあ何?」

 「たぶん、大鎌だ」

 「大鎌?」

 「死神の大鎌は、《機械》と同じものだろ? つまり……」

 「あの死神は、大鎌を変形させて作り出された分身みたいなものってこと?」

 「そういうことだ」

 「それじゃあ、どこかにいる本体をやっつけなきゃいけないってことだね」

 「それはそうなんだが、妙だな」

 「そうだね。何か、本体になるような死神の気配がない」

 「もしかしたら、門番みたいな大鎌が、死神の幻影を作り続けてるのかもな」

 「ほら、やっぱり幽霊みたいなものじゃん」

 「呼び方は好きにすればいい」

 二人で言い合っているうちに、薄暗い空間にぽつぽつと人魂のような光が浮かび始める。人魂は徐々にふくらみ、死神の形へと変わっていく。

 「あら、総攻撃みたいだね」

 「さて、どうしようか……」

 《機械》を構えたゼロシキはシャンデリアの破片のような透明の刃を無数に発生させ、自分とタチバナの周囲を取り囲むように浮遊させる。そして、ようようとその変化を遂げた死神の群れが襲いかかってくるのと同じタイミングで、その無数の刃を竜巻のように回転させ始める。死神の群れはブリザードのように叩きつけられる刃を突破できずに体を切り刻まれ、闇の中へと再び消えていく。しかし、勢いづいたように死神は次から次へと発生し、性懲りも無く刃の壁に突っ込んできた。

 「これは、きりがないな」

 「どうするの?」

 「どうも、逃げたほうがよさそうだ」

 ゼロシキは周囲を見回すが、《機械》を操りながらどこか逃げ込めそうな場所を探すのは困難だった。代わりに、タチバナが視界の悪い刃の竜巻の隙間から、どうにか目を凝らしてエントランスの構造を探ろうとする。

 「ゼロシキ、あそこ」

 タチバナが部屋の壁のほうを指さす、苦労してどうにかそちらを確認したゼロシキは、タチバナの目を見てうなずいた。そこには、鏡張りになっているエレベーターが設置されていた。

 「一瞬だけ《機械》を止めるぞ。いけるか?」

 「エレベーターが動くのかどうかすら分からないけど」

 「せっかくここまで来たんだ。やるしかない」

 「オッケー」

 タチバナが体勢を低くして走りだす準備をしたのを見計らって、ゼロシキは一瞬だけ透明の刃の竜巻を止める、そこにあいた隙間を突き抜けるように、タチバナがエレベーターに向かって走りだす。当然のようにすきを突いて襲いかかる死神を、ゼロシキもまた抜け目なく再び刃を操り切りつけていった。豹のようなしなやかで素早い動きでエレベーターまでたどり着いたタチバナは、その横に綺麗に磨かれた金色のパネルを見つける、どうやら、手のひらを使った生体認証システムになっているようだった。《機械》をパネルに当てて手のひらを作り、ロックを解除できる形に変化させようとするが、それはどうしても時間のかかる作業だった。しかも、ちょくちょく真横から死神が現れてしまい、その度に《機械》を槍に変えて撃退する必要があった。

 「まだか!」

 ますます増えていく死神の幻影を振り払いながら、ゼロシキが叫ぶ。焦った顔をしながら、タチバナが首を振って答えた。

 「これ、そうとう複雑なシステムになってるみたい。もしくは、このエレーベーター自体が止まってしまってるのかも知れない」

 「やっぱりだめか……」

 「どうする? もう帰ろうか」

 わらわらと湧いてくる死神を駆逐しながら、ゼロシキは考えていた。いくら戦闘能力はたいしたことがないとはいえ、これだけの数の死神の相手をいつまでもし続けるのは難しい。そう思って、一つ舌打ちを漏らす。

 「しょうがないな……」

 もう帰ろう、と言いかけた時だった、かすかに、耳をくすぐるように響く音がその空間に満ちてきていることに、ゼロシキは気づく。タチバナも同じことに気付いたようで、互いに顔を見合わせた。

 「何これ、……歌?」

 ゼロシキも同じことを考えていた、聞いたことのないようなメロディー、かなり古い歌なのかもしれない。そして、ゼロシキはもう一つ異変に気づく。今まで周囲に溢れていた死神たちが、突然その輪郭を失ってぼやけていく。あ然とする二人の周囲で、その像はシミのように薄れ、そしてとうとう消えてしまった。

 「何だ?」

 「さっぱり分かんないね」

 「この歌のせいなのか? 何で死神が消えるんだ」

 「この歌、聞いたことないけど、妙に懐かしい感じがする」

 「懐かしい?」

 「うん」

 ゼロシキは首をかしげる。虚無に満たされたゼロシキには、懐かしい、という感覚がないのだ。たぶん、人間的な感情を残しているタチバナならではの感覚なのだろうと思う。

 「どんなふうに?」

 「よく分からない。何だか、ちょっと尋常じゃないくらいの懐かしさなの。この歌の聞こえてくる場所に引き寄せられてしまうような。そこが、私の帰るべき場所になってしまうっていうか」

 「何だそれは?」

 「うまく説明できない。理屈じゃないっていう感覚なの」

 ふん、とうなって、ゼロシキは考え込む。どうも、この歌には不吉な感じが宿っている。そして、いったいなぜ死神が突然消えたのかも分からない。

 「どこから聞こえてくるんだ?」

 「上から、だね」

 二人は空間の天井を見上げる。歌は、ずっと上の方から、壁をすり抜けるようにして、まるで何も無い空間の中で響いているかのように、二人の耳に届いていた。

 「タチバナ」

 「ん?」

 ゼロシキが、エレベーターのパネルを指さす。パネルがぼんやり、蛍のように光っていた。突然目覚めたかのように起動音が聞こえ、鏡張りのドアが振動する。そして、混乱したままの二人を誘うように、ゆっくりと開いていった。

 「罠でも仕掛けられてそうだな」

 「でも、行くしかないでしょ? そのために来たんだし」

 「ああ」

 エレベーターの中はやはり鏡張りで、十人くらいは軽く乗れそうな広い空間になっていた。二人は戸惑いならもそこへ乗り込む、瞬間、合わせ鏡が無数の像を作り、ゼロシキとタチバナを取り囲んでしまった。

 「何か頭クラクラしそう」

 タチバナが上下左右をキョロキョロ見ながら、自分と全く同じ動きをする、無限の自分の鏡像に手を振る。ゼロシキは警戒を解かず、何かが襲いかかってこないか絶えず周囲を伺っていた。目の前で、ゆっくりとドアが閉まっていく。エレベーターが動き出したようだった。この上には一体何があるのか、予想もつかない。ただ、死神と戦えば戦うほどまとわりついてくる蜘蛛の糸のような疑問を解く鍵が、そこにきっとあるはずなのだ。ゼロシキは耳をすます、歌が、まだ聞こえていた――

  

『君を想う、死神降る荒野で』 その10へつづく――