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Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

最も純粋な子供達のために その14

 

 って来た雨が昼の熱をたっぷりと吸った土と草の強烈な臭いを放出させ桐原和弘はむせ返りそうになる。夜の山の木々の奥へシャベルを担いで分け入った桐原和弘は到底誰も来ないであろう場所に見当をつけて白澤健次と白澤裕子の死体を埋めた。闇に沈んだ草木の枝葉に潜む虫の羽音だけが聞こえている。桐原和弘は肩で息をしながらもう一つ穴を掘りそこに使い終わったシャベルを埋めた。

 白澤健次を殺した桐原玲が部屋を去った後桐原和弘は残された鍵で自分を含めた三人の首輪を外した。気を失った桐原由美の肩を揺さぶると叫び声と共に目を覚ました。しかし桐原由美はすでに正気を失っており目を見開いたまま興奮した犬のように不気味な呼吸を繰り返していた。そして裸の白澤裕子に目を止めた瞬間はじかれたように立ち上がって台所の包丁をわしづかみにすると絶叫しながら暴れ出し悲鳴を上げる白澤裕子を執拗なまでに刺し続けて殺してしまった。桐原和弘に取り抑えられた後もずっと意味不明の言葉をわめき続けいくらなだめすかしても効果がなかった。とうとう疲れきって動かなくなりようやく落ち着いたがまだ歯を剥いて震え続けている妻を見て桐原和弘は途方に暮れた。それでもどうにか妻に服を着せて家に連れて帰るとすまんと謝りながら首輪をはめて拘束した。また叫び出すのではないかと猿ぐつわになるような布切れを用意したが桐原由美はそこに座り込んで震えたまま何かを喋ることすらしなかった。

 桐原由美をいったん一人で家に残したままアパートの死体を処分しに行った桐原和弘は二つの死体を持ち運びがしやすいようにのこぎりで解体した。一つ一つをポリ袋に放り込んでから用意した段ボールに詰めて自分の車に運び込んだ。それから死体を埋めてしまうまで目に映った光景の全てが一続きの悪夢のように現実味が無く何かを見ているとか何かに触れているということが全く意識に上ってこなかった。

 気付いた時には桐原和弘は再び自分の家に戻って来ていた。桐原由美は相変わらず首輪に繋がれたままそこに座り込んでいたが床は尿で濡れ衣服は糞で汚れていた。悪臭に鼻をつまみたくなるのを抑えながら桐原和弘は妻を裸にして体の汚れを拭いてやり床を掃除すると今度は妻がトイレに行けるように首輪を繋ぐ場所を変えた。

 気が狂った妻の介護をしながら桐原和弘は惚けたように毎日を過ごしていた。仕事には行かなかった。会社からは何度か携帯電話に連絡が入ったがそれもそのうちぱったりと止んでしまった。たいして多くもない貯金を崩しながら生活を続けていた。桐原和弘は料理を始めとする家事を覚えそれをこなしながらその傍らで妻の介護をしていた。それでも桐原由美が正気に戻る兆候など全くないままで同じように繰り返される日々が過ぎて行った。

 ある朝目が覚めた桐原和弘はふと何か思い出したかのように二階へ上がり逮捕以来一度も見ることがなかった息子の部屋へと足を踏み入れる。そこはきれいに整理整頓がなされ掃除が行き届いていた。何年も放置されていたにしては妙に清潔でほこりが積もったりもしていない。桐原和弘はそこで始めて妻がその部屋を定期的に掃除していたのだと気付く。床に膝をついて座り込んだ桐原和弘は年甲斐もなく声を上げて泣いた。

 玲。玲。僕はそれでもお前の父親なんだ。

 息子が目の前にいるかのように桐原和弘は肩を震わせながら語りかける。

 すまなかった。ずっと情けない父親ですまなかった。

 やがて泣き止んだ桐原和弘はゆっくりと立ち上がり部屋を後にする。そしてトイレの前にやって来るとそこに座っていた妻の首輪を外してやった。桐原由美の焦点が合っていない目は宙を泳いで定まらず痩せこけた頬はぴくぴくと痙攣をしていた。桐原和弘は妻の頬をそっとなでながらその顔を見つめる。

 由美。僕はあの子を止めに行くよ。あいつはきっと何か恐ろしいことをやるつもりだ。だから僕はそれを何としてでも阻止しに行く。

 桐原由美はずっと口を半開きにしたままよだれを垂らしているだけで果たしてその言葉が聞こえているのかどうか定かではなかった。桐原和弘は深くため息をついて立ち上がりその部屋を出て行こうとする。そのズボンのすそを桐原由美がつかんだ。驚いて桐原和弘が振り返ると桐原由美がつかんだすそを引っ張りながら台所の包丁を指差す。桐原和弘はその意を計りかねて妻の顔をじっと見つめていた。桐原由美は自分で包丁をつかんでその刃を自分の喉笛に向けるとそれを突き刺すしぐさをしてみせる。

 何をやってるんだ!

 桐原和弘が青ざめてその包丁を取り上げると桐原由美は叫び声を上げて抵抗し桐原和弘の脚にすがりついた。

 由美。君はもう僕が帰って来ないと思ってるのか?

 それを聞いた桐原由美は暴れるのを止めてうなずく。

 ……そうか。

 桐原和弘は決してそれを否定しようとしなかった。そしてテーブルの上に包丁を置くと桐原由美の前に座ってその細い首に両手を添える。

 ごめんね。僕はきっと最低の夫だっただろう。本当にごめん。

 そして桐原和弘は涙を流しながら両手に力を込めていく。桐原由美の顔が真っ赤になり開いた口から舌が突き出した。やがて桐原由美の体が弛緩してだらりと手足がぶらさがる。桐原和弘が手を離すと死んだ妻の体は床に崩れ落ちた。

 桐原由美の死体をベッドに寝かせた桐原和弘はシャワーを浴びて服を着替え食事を取った。そして食事を終えると静かに身支度を済ませ家を出て行った。

 

 

 最も純粋な子供達のために その15へつづく――