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Teoreamachineの小説ブログ

最も純粋な子供達のために その22

  

 riverrun, past Eve and Adam's, from swerve of shore to bend of bay, brings us by a commodius vicus of recirculation back to Howth Castle and Environs.

 

 

 裁判で死刑が確定して拘置所の死刑囚収容施設に移された桐原玲は来る日も来る日もたった一つのことだけを続けていた。死に怯える死刑囚を慰めるための仏教僧やキリスト教神父の派遣も断りテレビなどの娯楽もいっさい求めずただひたすらにジェイムズ・ジョイスフィネガンズ・ウェイクを読み続けた。theで終わる小説が再び最初の単語であるriverrunに繋がって円環をなすという構造をそのままなぞって桐原玲は最後まで読み終わると再び最初に戻りそれが一つの永遠であるかのように小説を読み進めていく。運動や入浴の時間もそれは変わらなかった。驚異的な記憶力で文章を暗記した桐原玲は直接本を読めないときでもひたすらに文章を諳んじていく。まるでその小説の中にのみ己の生を見出しているかのようにそこに自分の全てを埋没させていた。桐原玲は規則正しい生活を続け何ら問題を起こすことは無くこれから死を迎える人間とは思えないと看守を始めとする拘置所の職員達が首をかしげるくらいに平静な態度を保っていた。その表情にはある種の幸福感さえ漂っている。

 いったい何をそんなに夢中になって読んでいるんだ?

 あるとき看守の一人が桐原玲に尋ねた。

 小説だよ。限りない自由に向けて開かれた回路を持つ小説だ。英語で書かれているけどその中に世界中の言語が溶け込んで拍動してる。

 はあ。何かすごい話だな。まあどっちにしろ俺が読まないようなしろもんだろうけど。

 遊び半分でもいいから読んでみたらいい。俺は今どこまでも自由なんだ。

 ラリってんのか?

 たぶんね。

 看守と桐原玲はお互いの顔を見合わせて笑った。

 

 

 一年二年と日々が過ぎても桐原玲の生活は変わらなかった。相も変わらず小説を読み続け片時もそれを絶やすことは無かった。だがいつもと同じようにフィネガンズ・ウェイクを読んでいたある日とうとう普段とは違う顔色をした拘置所主任が桐原玲の居室の前にやって来た。桐原玲は午前八時過ぎを指した時計を一瞥してから最後まで残り三行くらいだった小説を置いて立ち上がる。

 ちょっと事務所まで行こうか。

 そう言った主任に桐原玲はうなずきを返した。主任はいつもと違う様子を悟られまいとしてむしろ緊張した面持ちになっていたがそれとは対照的に桐原玲は全てを悟ったような顔でその横を歩いていた。普段とは違う方向にある廊下に案内されるままに進むとそこに待機していた処刑場連行担当の職員達が合流した。刑の執行を悟っても逃げ出せないようにと脇を固めて随行する職員達を引き連れるかのように無表情の桐原玲が靴音の響く静かな廊下を歩いていく。

 桐原玲が処刑場に入るとそこには線香のにおいが漂っていた。教誨室に進み僧侶が読経する中で手錠と目隠しをされる。桐原玲は読経も周りの人間の言葉も何も聞いていなかった。暗闇の奥でカーテンが開いていく音がして周りにいた執行人達に腕をつかまれたとき桐原玲はかすかに体を強張らせた。しかし桐原玲はいっさい動揺せずに前に進んで赤いテープで囲まれた踏み板の上に立つ。死刑執行のために首に縄がかけられるのを感じた瞬間からそれまで落ち着いていた息が荒くなった。桐原玲が闇の底から天を仰ぐように顔を上げ最後の言葉を絶叫する。

 

 

 A gull. Gulls. Far calls. Coming, far! End here. Us then. Finn, again! Take. Bussoftlhee, momemormee! Till thousendthee. Lps. The key to. Given! A way a lone a last a loved a long the 

 

 最も純粋な子供達のために 最終回へつづく――