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Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

君の代わりに その1

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 「自由になりたいんだ」

 長い沈黙の後でそう言った僕を見て、ユミは「もはやお手上げ」、「全部あきらめた」といった調子でため息をついた。もはや涙すらない。乾いた冷たい視線を僕に注いで、再び、ため息。まあ、無理もないのかもしれない、いきなり公務員を辞めると言い出した僕に対しての絶望ったらないんだろう。彼女が手に入れたと思っていた安定した生活は、膨らんだ期待を詰め込んだ風船を突然針でつついたように、ぶしゅっと無様な音を立て、くるくる螺旋を描いて飛び回り、煙にいぶされた蚊のように床へぽとりと落ちたも同然なのだから。

 それからすぐ後、ユミは別れ話を切り出してきた。とはいえ、僕はそれを覚悟していた、というか、予期していたけども。学生時代から四年も付き合って、僕が公務員になり、彼女は当然のように結婚を期待していた。安定した生活! やりたくもない腰掛けの仕事をとっとと辞めて、昭和の女のように、家にこもって子育てをする専業主婦になる、それが彼女のシナリオだった。そこへ来て、僕が仕事を辞めるなどと言い出したので、彼女の取り乱しようはなかなかのものだった。ユミはどちらかといえば控えめで、気立てもよく、美人で、そこそこ利発で(利発すぎないのもポイントだ)、平凡な男の結婚相手としては申し分なかったし、彼女も多くを望んでいるつもりはなかったのだ。せめて、ほどほどの安定した生活を提供してくれる男と結婚するということくらいが彼女の望みで、僕はそういう理想にかなう穏やかで平凡な男だった。そんな二人だから、付き合いはじめからそんなに情熱的な恋愛をしているわけではなく、とろ火のようでしかなかった恋愛の炎はとっくに消えて、後は無味無臭の結婚生活を迎えるだけ、そういうコースが、誰の目にも明らかだっただろう。彼女にとって、僕のオスとしての価値はそういう所だけだったのに、僕はそれを投げ捨ててしまったというわけだ。だから、彼女は当然のように、僕と別れることを決意した。

 別に、僕はユミを薄情な女だとかいうふうには思っていない。女性の社会進出の時代だとかいっても、そこまでガツガツした性格でなくて、自分の能力に自信があるわけでもないなら、本音ではそういう古風な選択肢を望んでいてもおかしくないだろう。いまだに男女差別の慣習を残した厚かましい日本の会社であえて働こうなんて、思えなくても無理はない。彼女にとっては単なる色恋の問題ではなく、人生の問題なのだ。だから、ユミが別れたいと言ってきたとき、僕はそれを待ち構えていたかのように、全く驚きもせず、「うん」と聞き分けの良い五歳児のような返事をしただけだった。ユミは失望を通り越してあきれていた、僕をののしる言葉さえ思いつかないといった感じで、口をぽかんと開けたままつっ立っていたかと思うと、それ以上何も言わずに部屋を出ていってしまった。それ以来、僕はユミと連絡を取っていない。

 未練? 無いと言えば嘘になるだろう。ユミと一緒にいるとき、僕はとてもリラックスできていたし、重ねて言うけど、まあまあ美人だったし、気立ても良くて、延々と愚痴を言ったり、言葉尻を捉えてつっかかってくるといったこともない、つまり、僕にはもったいないくらいの恋人だった。今でも、ときどき二人で過ごしたことを思い出す。でも、僕はそれを取り戻そうとは思っていない。たとえそれが理想的な相手であっても、誰かと結婚して、子供を作って、家でも建てて、ローンを払い家族を養うために会社だの役所だのに勤めて来る日も来る日も働き続ける、そういう人生を僕は望んでいなかったのだから。というか、そんなもの、まっぴらごめんだ。

 

 

 「自由になりたいんだ」

 だから、僕はそんなことを口走った。いい歳こいた男の言うことじゃないかもしれないが、正直な気持ちなのだからしょうがない。世間的にはダメ男の烙印を押されるかもしれないが、この際隠すこともない。だから本音を言ってしまおう。大学を出たとき、僕にはやりたいことなんかなかった。就職活動にいそしむ周りの同級生たちが一生懸命に自分の性格や人生や趣味嗜好をごたまぜにしてねじり上げ、やりたいこと及びそれに適合する自己像を捏造すべく奮闘している横で、僕は全くそんな気もなく、一番自由を奪われないで、かつ安定しているという、双方のバランスを備えた仕事は何かということを考えていた(そもそも、本当にやりたいことがあったらいちいち考える前にすでにやってるはずだ。つまり、彼らにとっての「やりたいこと」というのは、仕事に人生をささげるためのエクスキューズであり、働く前からすでにワーカホリックになるための本能がすり込まれてしまっている。ちまたでは若者の意識の変化などと言われているものの、その本質は古い人々と変わらない方向に向かう。恐ろしや、恐ろしや。もし仮に、僕にそういう意味での「やりたいこと」があったなら、僕はそれをドブにでも投げ捨てていたことだろう)。僕に特殊な能力があれば話は別だが、なにせ凡人なので、どうにか凡人の出来る範囲で生活費を稼がなきゃいけない。普通の会社員は論外だった、残業残業で自由もへったくれもない、僕の父親もそんな感じだったけど、あんな人生は絶対イヤだ。スマートに働ける外資系企業? 僕は能力のない凡人で、成果を出すための努力も競争も苦手なのでノーサンキュー。起業? そんなバイタリティもアイデアもあるわけない。弁護士を目指すなんていう頭も金銭的余裕もない。そんな体たらくで、まだましだと思えたのが市役所で働くことだ。運が悪ければ残業の多い部署に配属されるけど、ある程度の自由を確保できる可能性がある選択肢として僕に残されているのは、そのくらいしかなかった。

 もちろん、僕はそこで働いていて幸せではなかった。お役所は古臭い家父長制と上意下達で動く組織で、文字通り「何を言っているかではなく、誰が言っているか」で物事が進む世界だ。皆が盲目的にそれに従っていたけど、僕にとっては不合理で馬鹿馬鹿しいことばかりだった。いや、たぶん、役所だけじゃなくてほとんどの組織がそうなのだろう、社会というのはそういうふうにできているのだろう、そう思いこんでしまったとき、僕は逃げ場のない世界が息苦しくてたまらなくなり、とうとうある日、上司と大ゲンカの末に辞表を叩きつけてしまった。「お前の代わりなんかいくらでもいる」と上司に言われて、僕は「お前の代わりだっていくらでもいる」と言い返した。子供の頃から、僕はずっと穏やかな人間だった、誰かに対して真正面から怒ったことなど、後にも先にもその一回きりだ。

 僕がロールモデルとすることのできる人間などいなかった。さらに言ってしまえば、今まで生きてきた中で、そういう人間に出会えたことがない。僕がせまい世界で生きているからというだけのことかもしれない、確かにそれも一理ある。でも、今の僕にとって、世界の限界はこの程度のものだ。だから、僕はその程度でしかない世界を投げ捨てることにした。親とか上司とか先輩とかの背中を見て、人は育つというけれど、僕の場合は、いわば、そういう背中に背を向ける生き方を選んだのだ。できあがってしまった社会が提供してくれるものの中で、僕が欲しいと思えるものなど、何ひとつない。

 

 

君の代わりに その2へつづく――