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Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

君の代わりに その6

 

 「良かった、思ってたよりいい旅館で」

 部屋の外にある小さな庭を前に立ち、「彼女」が呟く。緑にぎやかな初夏の庭に、ピンク色のアジサイが鮮やかで、「彼女」はじっとそれを眺めていた。アジサイは、おしゃべりする年頃の娘たちのように、かすかな風に揺らぎながら明るい輝きをふりまいている。僕と「彼女」は淡い陰の差す部屋の中で、二人ならんだまま、外とは対照的な静けさの中にたたずむ。

 「いつの間に予約したの?」

 京都駅に着くなり、寝起きの僕は、ほとんど引きずられるように「彼女」に案内され、この旅館に着いたのだ。「彼女」はスマホ片手に、まことに手際よくアクセスを調べ、迷うことなく目的地に到達してみせた。

 「あなたが寝てる間。スマホ使えば簡単にできることだし」

 「まあ、ずっと眠ってもんね」

 「いびきかいてたよ。でっかいヤツ」

 「ホント?」

 「ウソ」

 「なんだよ」

 僕のその言葉に、「彼女」は小さく笑みを浮かべて返しただけで、何も言わない。庭の方を見たまま、もの思いにふけっている。外は眩しいくらいに明るかった、気温は三十度近いが、風が入ってくるので、僕としては心地良いくらいだ。「彼女」の口数は少ない、昨日出会って、ようやく話し始めたときに戻ってしまったかのようだった。濡れたガラス玉のような目で、近くとも遠くとも言えないところを見つめ、何かを考えている。今日ずっとこんな感じだったら、僕はいったい何を日記に書いたらいいんだろうと思う、「彼女」が何を考えているのかを考えてみるが、見当もつかず、僕はあきらめたように「彼女」が眺めている庭を眺めていた。

 

 

 「京都、来たことあるの?」

 「ううん」

 僕の質問に、「彼女」は首を横に振って答える。ようやく旅館を出て、バスに乗り、二人掛けの席に収まり悪く、僕と「彼女」は座っていた。「彼女」はまだ考え事をしているような雰囲気だったが、互いの距離が近いせいか、いくぶんかは話しやすくなった気がする。

 「あなたは?」

 「あるよ」

 「一人で?」

 「いや、前に付き合ってたコと一緒に」

 ふうん、とうなずいて、別に興味もなさそうに、「彼女」はバスの窓から景色を眺める。古い日本家屋と背の低いビル、小さいフランチャイズ店、カフェや美容室が並ぶ通りを、バスが走っていた。反対車線の歩道沿い、原色のオレンジのヘルメットをかぶった女の子が乗る原付が横切っていくのを、「彼女」は目で追う。

 「なんで別れたの?」

 特に気を使う様子もなく、「彼女」が質問する。妙に自然な聞き方なので、僕もごく自然に受け止めてしまう。

 「僕が仕事辞めたから」

 「あら、そうなの。ひどい女だって思った?」

 「全然。まあ、そういうことになるって予想してたし。金を稼げないってことに加えて、経済が縮小してる時代に、次のあてもないくせにせっかく手にした仕事を捨てるなんていう無計画さにあきれたんだと思うよ」

 「たぶん、それだけじゃなくて、そういう悟ったような態度を取るかわいげの無さも原因じゃないかと思うけど」

 「……悪かったな」

 「ごめん、私、正直だから。悪気はないんだけど」

 まあ、確かに正直な性格なのだろうと思う。「彼女」のそういうところについて、僕は全く不快には感じなかった、というか、むしろ好感すら持っている。「彼女」は、嘘っぽさのない人だった、そして、もしかしたら、そういう正直さのせいで世の中と折り合いがつかず、言葉を失う原因になったのだろうか、と僕は考えてみたりする。不思議といえば不思議なのは、そういう率直さにもかかわらず、「彼女」は謎めいていて、つかみどころがないということだ。芯があるように見えるのに、一方で、ふわふわと漂って、居場所の定まらない雰囲気を備えている。

 「そっちは?」

 「何が?」

 「最近の恋人の話とか、ないの?」

 「ない」

 「僕ばっかりに言わすなよ」

 「ホントにないし。人並みに何人かと付き合ったことはあるけど、ここ数年はさっぱり」

 「仕事一筋だったってことか」

 「というより、ずっとそういう気分じゃなかった。恋愛が性に合わないのね、きっと」

 「いい相手にめぐり逢えないってことじゃなくて?」

 「本気で探してたら、それなりに納得のいく相手の一人や二人見つかるんじゃない? 少なくとも、チャンスくらいはね。だけどそんなんじゃない、何人か付き合ってみて気づいたの、私、そういうの、性に合わないんだって。デートとか行っても、これは何なんだろうって思っちゃうの、結局、全部が空疎な儀式みたいにしか見えなくなる。目的ないでしょ? 目的ないのが良いってことなんだろうけど。イヤな女って感じでしょ、でも、私、そうなの。相手も楽しくないだろうけど、何より、私が楽しめない」

 「性欲は?」

 僕は、自分でも思ってもみなかったほど率直な聞き方をする、「彼女」も、一瞬黙って僕の顔を見た。

 「いや、君の性格からいって、ストレートな質問のほうがいいのかなと思って。答えたくないなら答える必要はないよ、もちろん」

 「変な人ね、あなたって。私も変だけど」

 「そうだね、僕はずっと自分を普通の人間だと思ってたけど、最近、ようやく自分が変人だってことに気づいた。そんで、仕事も辞めたってわけだね」

 「まあ、変人のほうが楽だし、楽しいけど」

 「全く同感だね。僕は、凡人でいた今までの二十数年間が無駄な人生だったような気すらしてくる。変人でいるほうがブレなくていい、自分の考えたいことを考えて、したいことができるんだ。女にはフラれたけど、今のほうが楽しい」

 「お互い、他人と一緒にいるのは難しい性質みたいね」

 「お互い、変人だしね」

 そこで、僕と「彼女」の会話が一瞬途切れる。そのまま二人で前を向いていた。僕は、目的地までのバス停の数を数え、サイフの中の小銭を確認する。

 「ちなみに」

 「え?」

 「あるよ」

 「何が?」

 「性欲」

 ずいぶんはっきりとした「彼女」の答えっぷりに、僕は自分で質問しておきながら周囲に会話が聞こえてないか心配して、急にキョロキョロしてしまう。その狼狽ぐあいが面白かったらしく、「彼女」が僕を指さして笑い出す。

 「からかうなよ」

 「でも、ホントだし」

 「どうやって処理してんの? 適当に相手になる男を見つけるとか?」

 「あなたと同じ。自分で処理してる。愛ってほどじゃなくても、相手になんらかの感情的な愛着がないと、男の体重を受け止めるのは苦痛ね。でも、私はおかしな人間で、そういう感情が持てそうにない、ただひたすら窒息しそうになる。たいして快感もない。だから、一人で上手く処理できるようになったほうがマシ」

 「それは結構だけど、なんで僕が自分で処理してるって言い切れるんだよ」

 「さあ、でも器用に女を引っ掛けるようなタイプじゃないよね。そういう人って、相手が警戒してても一気に間合いをつめちゃうから、そんで、そういうのが上手いのね。でも、あなたはずっと間合いをキープしてる。女性を尊重してるけど、恐れてもいる。だからナンパが得意なタイプじゃないなって」

 「そういうもんかね。確かに図星だけど」

 「まあ、私、そういう人のほうが好きだけど」

 そう言いながら、「彼女」が前を指さして合図する。バスが、目的地まで着いたらしい。僕は財布から小銭をつかみ出して、ジャラジャラいわせながら立ち上がると、やや混んでいる車内の人をかき分けて、降車ドアへと向かう。その僕の後ろを、帽子を胸の辺りに抱いた「彼女」が付いて来ていた。 

 

君の代わりに その7へつづく――