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Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

君の代わりに その9

 

 き終えてみて、僕は、結局これは失敗だなと思う。はじめから分かっていたことだが、この日記は、「彼女」の口を借りて、実際には僕が僕の考えを垂れ流しているにすぎない。それらしく書いてみようとがんばったものの、これは「彼女」ではない。じゃあどいういうのが「彼女」らしいのかというと、それは「彼女」が書いたもの以外にない。いったい、この文字の羅列は何なんだ、と僕は思う。これは僕自身の日記として書かれたものではないが、しかし「彼女」によって書かれたものでもない。目の前の、奇妙な、誰のものでもない、収まりどころなく宙に浮いている文章を眺め、居心地悪さに頭をぽりぽりとかいた僕は、無言でノートパソコンを閉じる。旅館のゆっくりと流れる空気を、一瞬かきみだすように、ぱたん、という音が響いた、が、すぐに吸い込まれて消える。

 「書けた?」

 ちょうどシャワーから出てきた「彼女」が、濡れた髪を柔らかく白いタオルでふきながら、僕の背中に向かって声をかけてきた。

 「書けたけど、失敗だ」

 「失敗?」

 「そう、君の考えを想像しながら書いてみたけど、結局これは僕自身の考えたことでしかない。つまり、これは僕の日記でしかないんだ」

 「そんなこと初めっから折り込み済みでしょ? 私は、それでも書いて欲しいって言ったんだけど」

 何を今さら、という感じで「彼女」は肩をすくめる。

 「でも……」

 「そもそも、成功も失敗もないんだから。書いてくれれば、私はそれでいいの」

 「なんか、ちゃんと仕事してないみたいな気分なんだよ」

 「ちょっとマジメすぎじゃない? さすが元公務員ね。私がそれにお金払うって言うんだから、もらっとけばいいんだって」からかうような言い方をして、「彼女」は僕の背中を軽く叩く。「彼女」が近づくと、洗いたての髪からとても良い匂いがして、頭が一瞬ぼうっとなる。「まあ、がんばってよ。それはあなたにしかできない仕事なんだから。当然、その分対価も高くなるの」

 複雑な顔をしている僕のためらいなど意にも介さない様子で、「彼女」はドライヤーで髪を乾かしに浴室へ戻る。こんな日記に何の意味があるのか、僕には全く確信が持てずにいるが、僕よりはるかに頭の良い「彼女」には何か考えがあるのかもしれない。とりあえず僕はあきらめ、明日も書くしかないんだな、と一つため息をついて、愛犬の頭をなでるかのように、ノートパソコンのフタにそっと手を置いた。

  

君の代わりに その10へつづく――