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Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

君の代わりに その16

 

 月、十日

 

 いったい、あそこで何が起きたというのだろう、いや、何も、起きなかった。私が母親だと思って会いに行ったものは、すでに母親ではなかった。ということは、私には、もう母親はいない。私の感情や思い出が、わずかに付着していたはずのそれは、すでに空になっている。私がタイムカプセルのように残してきたものは、すでに消え去ってしまっていた。

 本当は、何てことはないはずなのだ、私がもうどうだっていいと思っていたものが、実際にどうだってよくなっていた、ただそれだけのこと。それなのに、そうだろうと思っていたものが実際にそうだったということが、なぜこれだけ、私にひどいダメージを与えたのだろう。あるいは、私は、単にそうだろう、ではなくて、どうせそうだろう、というふうに考えることで我が身を守っていただけなのかもしれない。裏切られることが明白な期待を、私は手放すことができていなかったのか、だとしたら、私はとんだ大馬鹿だ。まるで子供のような期待の仕方をして、それの折り合いをつけられていない。

 私があそこで見たものは、何か、おぞましいものだった。でも、母親は空洞で、それ自身がおぞましいというよりも、そこに映しだされた、私自身の孤独、救われなさ、そういうものの、根深さ、底知れなさ。あるいは、私自身の空洞、何も無さが、母親のその空洞に、共鳴していた。

 私は、立ち尽くしている、荒野に投げ出されたかのように、途方にくれて。言葉は戻って来なかった、もうそれは、私の所には無い、という絶望的な不安に襲われ、私はカラッポの貯金箱を振り回すようにして、言葉を探す。当然カラッポなので、何も出てきやしない、私は、解決策を見いだせず、思春期の子供達みたいに、永遠のような苦痛をともなう悩みを抱え、我が身を切り裂く痛みに救いを求める。

 私は言葉を発しない、発することができない。なぜか、ということは分からない、考えても無駄、ということくらいしか分からない。私は、この世界から拒絶されているのだろうか、あるいは、単に私がこの世界を拒絶しているのだろうか。でも、言葉は、私と世界との、関わり方の全てなのだろうか。

 答えなど出そうもない、問いが増殖して、喉をふさぐ、体内で生まれる私の声は、あまりに薄弱な意志で、外へ出ることをあきらめ、ゆっくりと落ちて、消えてしまう。

 でも、私の沈黙は、叫び声に似ている。言葉はそこにない、透明の影。でも、沈黙は、私の体内であふれ、火花を放つように、目の前で炸裂する。

 私は叫ぶ、誰もいない場所で、たった一人で、沈黙を叫ぶ、誰にも聞こえないそれは、この空間を満たして、私の耳をつんざく――。

 

君の代わりに その17へつづく――