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Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

君の代わりに その18

 

 「ごめん」

 別れ際、京都駅の構内で、「彼女」がようやく口を開いてそう言った。まるで、こっぴどいケンカをしたカップルのように、僕と「彼女」はずっと喋っていなかったのだ。

 やはり、もう僕の仕事は終わってしまい、だから僕は帰ることになった。でも、「彼女」はもう少しだけ京都に残るという。

 「いや、いいよ。お互い、なんだか普通の感じじゃなかったし」

 僕はそう答えたが、「彼女」はその答えに納得した様子はなく、無表情の下にかすかな感情の影を浮かび上がらせながら、気まずそうに、顔を背けた。

 「何するの? 京都に残って」

 そのまま沈黙してしまいそうだったので、僕はとっさに話題を変える。

 「何だろうね、このまま帰ってしまうと、いけない様な気がする」

 「どうして?」

 「ホントに、もうここには私にとって、何も得るものがないんだってこと、私が今まで、心のどこかですがっていた、ありとあらゆる可能性がすでにゼロなんだってこと、それに整理をつけてから、帰らないといけないっていうかね」

 「まだ何か、やることが?」

 「何も。ただ、もうしばらく、ぼうっとしてたいっていうだけ」

 「僕も残ろうか」

 「ノーサンキューね。単に、ここで一人になりたいだけだから」

 「そうか」

 湿気が多くて、暑い日だった、僕は鼻の頭の汗を親指の先でぬぐい、何の気休めにもならないが、新幹線の切符で顔をあおぐ。僕は時計を見た、一応指定席をとってある新幹線が、あと五分くらいでやってこようとしている。

 「じゃあ、もう行くけど」

 僕は「彼女」を見つめながらそう言う。

 「うん」

 何か、名残惜しさの片鱗でも見せてくれるかと思いきや、「彼女」は素っ気ない返事だけをするだけだった。まあ、「彼女」らしいといえば「彼女」らしいのだが。

 改札に入った僕は手を振る、「彼女」は片手を上げてそれに応えた。

 「ありがとね」

 「どうってことないよ。また、何か依頼があれば、遠慮無く」

 「それはなさそうね」

 妙にそっけない答えを、「彼女」が返してくる、まるで、嫌いな人間を突っぱねるような言い方だ。

 「そうか、残念だな。じゃあ、また……」

 「もう、会うことも無いと思う」

 「え?」

 きょとんとする僕を、置き去りにするように、「彼女」は素早く踵を返し、そそくさと、一度も振り返ることなく、歩いて行ってしまう。

 「ちょっと……」

 僕は改札を抜けて追いかけようとするが、後ろから入ってきた人にぶつかり、よろめく。それでも「彼女」を見失わないよう、身を乗り出して前を見た、しかし、その僕のことなどお構いなしに歩き続けた「彼女」は、ちょうどやって来たバスを見つけ、その中に乗り込んでしまう。突然で、しかも、あっけもそっけもない別れ方に、僕は呆然としてしまう、改札を出て追いかけるべきかどうか迷い、僕は結局そうはしなかった。もう会うこともない、という「彼女」の言葉を、僕は信じてはいなかった、もし信じていれば、僕は何がなんでもという体で追いかけただろう。

 去って行くバスを見送って、僕はとぼとぼと新幹線の着くホームへ向かった、観光シーズンは外しているはずなのに、駅の構内を歩く人は多かった。無数の人が歩いている、無数の話し言葉が津波のように押し寄せてくる、その津波をかき分ける真空地帯のような影、「彼女」はそういう存在だった。僕は、ずかずかと前に進む、目の前に浮かぶ、真空地帯の幻に足を踏み入れてやろうと、必死で、床を踏み鳴らすようにして歩く。まるで怒った子供のような動き方をしている僕を、通行人たちが避けていく、ある人は怪しみ、ある人はにらみつけ。何だかよく分からない、でも、僕はいら立っていた。ただ前だけを見て歩く、そうすると、瞬間、周囲の人々の声が聞こえなくなる、僕は誰の声も聞きたくなかった、誰の声も、聞く価値などないような気がした。奇妙な感覚だ、空間に何かが残響している、そこでは誰も言葉を発していないのに、言葉の影のようなものが、漂い、空間を満たしている。

 

 

君の代わりに その19へつづく――