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Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

君の代わりに その21

 

 ミヘ

 君にこんなことを言うのは、おそらく最初で最後になるような気がする。

 君と初めて出会った時、僕は君にかける言葉を探す必要はなかった、ずっと自分のそばにいた誰かと話すような心地良さ、最初から、僕と君の間にはそれがあった。君と言葉を交わすことは、それくらい自然なことに思えていた。

 営業先のデスクに座っていた君に、僕は、全く用事もないのに、適当な理由をつけて話しかけた、きょとんとして応えた君、僕は慎重に、無理に君の気を惹こうとせず、自然な、偽りのない言葉をかける。徐々に君の口元が緩んで、打ち解けてくれるのが分かった、僕にとってそれは、仕事に追われ会社と家を往復するだけの単調な日々の終わりを告げてくれるほほ笑みだった。

 連絡先を聞いた僕を、君は軽い男だと思っただろうか、きっと誰にでもこんなことをやっていると思っただろうか。平静を装った僕の、笑顔の裏側で、僕はまるで固くなったぞうきんから一滴の水を求めるかのように、ごくわずかな勇気を一生懸命絞り出していた。あんなふうに声をかけたのなんて、一生にただ一回だけだ。

 君は、まだ彼氏と別れたばかりだと言った、だから、僕との距離の埋め方が、そのペースが分からない、戸惑っていると。僕は待つと言った、信じていた、最初の瞬間、僕が君に感じた、そのせせらぎのような自然さを。

 僕が心配したほど、それを待つ必要はなかった、君はすぐに心から笑顔を見せてくれるようになり、僕らはあちらこちらへデートへ行く。とにかく居心地がいい、日常のささいな会話の度に、僕は緊張とか気負いとか、カッコつけたい気持ちとか、そういうものをどんどん脱ぎ捨てて、自然体になれることを発見していた。それと同時に、君も、覆い隠したり守ろうとしていたものを、どんどんさらけだしてくれるようになった。

 そんな二人だから、ケンカはしたことがない、それは僕を不安にさせることでもあった、互いに遠慮しすぎてるんじゃないかっていう不安だ。これから、もしかしたらケンカをすることがあるかもしれないし、今までそんなことがなかったせいで、僕らは慌てふためいて、どうしていいのかわからなくなるかもしれない。でも、僕は、僕らが出会った頃からのことを考えて、きっと大丈夫だと思ってる。僕と君にとって、全てはあまりに自然なことだった、だから、もしそんなことがあっても、僕らはそれを当たり前のように受け止められるようになっていくだろう。だけど、できればケンカなんかしたくない、そういうことがあったとしても、少しずつ、そんなことしないのが当たり前な二人になっていけばいい。お互いを思いやる二人でいたい、たまにうまくいかなかったり、不器用だったりするかもしれないけど、その気持さえ忘れなければ、きっと大丈夫だと信じてる。

 出会ってまだ半年、早いんじゃないかっていうことを言う人もいた、でも、僕にとって君に結婚してくれと言うことは、やっぱり自然なことだった。早いとか遅いとかじゃなく、したいと思ったから、その時にプロポーズした。君は驚いてたけど、でもすぐに、あの、初めて会ったときと同じ笑顔で、オーケーしてくれた。

 君はとにかく優しい、僕を気遣うことを忘れない、忙しくても、疲れていても、たぶんホントはいらいらしていたり、悲しかったりすることも、あるはずなのに。僕は知っている、君が僕の家に来たとき、こっそり、僕が普段手も付けない細かいところを掃除していたり、僕に料理を作ってくれるとき、僕の健康状態だとか疲れ具合だとか、暑い季節だとか寒い季節だとかを見ながら、栄養のバランスを考えてくれていることとか、他にも色々。君は、自分がそうしていることを僕に言わない、きっと、いつもそうなのかもしれない、誰も見ていないところで、気を遣い、いろいろとがんばってくれているのかもしれない。きっと誰かが見ていてくれる、と世の中の人は言う、でも、残念だけど、本人がいろいろがんばっているほどには、周りの人は見てくれていない。だから、せめて、僕だけは見ていてあげようと思うんだ、君の優しさの一つ一つを、何も言わなくても、僕はちゃんと分かっていたい。そして、その一つ一つに、感謝していたい。僕は決して、君の優しさを、当たり前のように考えないだろう。ごく自然な振る舞いで僕に与えられる君の気遣いを、僕も自然な態度で受け止めながら、心の中で、その特別さに、ありがとう、と言いたい。何年経っても、君が優しい人でいてくれるように、そして、僕が君の優しさを愛する人であり続けられるように。

 僕はけっこう照れ屋だから、こんなときくらいしか、こういうことを君に言ってあげられないかもしれない。言わなくても分かることが多いほうがいいけど、言わないと分からないことも多いだろう。だから、たとえこれが最初で最後になっても、僕はちゃんと言っておきたかった。僕は、君に対してどこまでも誠実でありたい、だから、今日ここで言ったことを絶対に忘れない、嘘のない人生を、君と歩みたいと思ってる。

 

 ユミ、君が僕と結婚してくれたことに、僕は感謝してもしきれない。今までありがとう、そして、これからもありがとう。

 

 君の代わりに その22へつづく――