Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

君の代わりに その22

 

 リントアウトしたその原稿を読みながら、僕は二度三度と首をかしげ、そしてビリビリと破り捨てる。これではダメだ、ここには、やっぱり「僕」がにじみ出してしまっている。彼の代わりに書かなければいけないのに、どうしても僕が書いているのような感覚が混じりこんでしまう。自分の奥底に溜まってしまっていた思いが強く出てきてしまい、これじゃあスピーチというより手紙のようだ。だいたい、新郎のスピーチに新婦の元彼の、しかも直前に付き合っていた男の話を出すなんてナンセンスだ、我ながらあまりにひどくて笑えてくる。何を考えてるんだ僕は? でしゃばりも甚だしい。彼を装って書いているのに、僕は随所に情けないくらい自分の感情を吐き出している、彼の思いを想像して書きつつも、そこに僕の思いが入り雑じってきている。これは、「彼」が書くべきものなのだ。僕は自分を消さなければならない、消してしまって、そして彼になるのだ、彼の代わりに書くのだ。

 結局、何度も書き直すしかないだろう、繰り返すほどに、僕は客観視され、漂白されていく。埋め込まれた病巣の一片一片を切り除く外科医のように、僕は自分自身を消し去っていく作業を、緻密に、根気強く行う。反復し続けることで、やがて、僕は書かれようとする僕を必然としなくなるだろう、僕はもう、そこに僕を表出させようとしなくなるだろう。そのとき、僕は置き去りにしてきたものと、決別することができるだろう。そして、ようやく、僕は彼の代わりになれるだろう。

 

 

 結局、原稿が仕上がったのは式の数日前ギリギリだった。いったい何度書きなおしたか知れない。彼は満足してくれた、あのさわやかな笑顔を僕に見せて、スゴイですね、期待以上です、と言ってくれる。そのあと、彼は、あなたも結婚式に招待したら良かったですね、と社交辞令でそう言った。僕は、ぜひ行きたかったです、と社交辞令で返す。彼は知る由もないが、僕がそこに行けるはずはない。

 僕はあまり長居したくなくて、早々に帰ることを告げた。僕を見送る彼は、そっと片手を差し出し、握手を求める。彼は、僕の代わりにそこにいる、僕は、もしかしたら彼だったかもしれない。そう思いながら、僕はその握手に応じる。

 さよなら、平凡な僕の、あり得たかもしれない人生。どうか、お幸せに。

 

 

君の代わりに その23へつづく――