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Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

ヘルメスの細雪

 

天飛ぶや 春日の山に 遥かなる

雲居たなびく しだり尾の 山鳥やつす 夕星の か行きかく去き

吾が声を 耳だにかけぬ 春の雪 降り昇りてや 目を閉じる

茜さす 日のことごと ぬばたまの 夜のことごと 月に戯れ 日を欺いて

吾が名を知らで 一つ降り 汝が名も知らで 二つ降り

積もる星々 梓弓 吾が名を鳴らせ 汝が名を鳴らせ

暗き夜空に 名は光と成る 路と成る

夜を火にくべ 氷の灰で 吾妹子に 歌を綴りて

星の粉降らす 梓弓 吾が名を鳴らせ 汝が名を鳴らせ



 星座――というのはもともと日本には存在せず、それは中国と西洋から伝えられたものだった。ばらばらの星々に意味を求め、そこにつながりを見ようとは、我々は考えなかったのだ。我々、孤独な群集、その匿名性、そのアノミー

 我々が古来そこに存在を見いだしたのは、ただ三つの星、つまり、太陽と月、そして金星だけだった。

 

 ――また、このたぐいの手紙だ。

 郵便配達員は呟き、白い封筒をくるりと返して裏と表を交互に見る。表面に宛先。封筒の裏面を見るが、差出人の住所も名前もない。配達のために宛先の住所まで行くと、郵便受けはガムテープで塞がれていた――ここの住人は、いっさいの郵便物の受け取りを拒否しているか、または行方が分からなくなってしまっていた。この仕事をしていると、月に何度かこういう手紙を見ることがある。

 

 「配達不可」......という赤いスタンプを押して、郵便局の奥にある保管庫にその手紙を投げ入れる。届かない言葉たちは、おびえる小動物のように、誰にも触れられず暗い部屋の中でじっとしたまま、廃棄され、忘れられていく。

 彼はそういう手紙の管理から処分までを任されていた。水星のように目立たない郵便配達員たちが街中を走り回る中でこういう手紙がたまると、彼が、まとめて処分してしまうのだ。

 

 ただし、彼は決められたやり方で手紙を処分してはいなかった。彼はこっそり手紙を運び出してしまうと、沈んでいく太陽を背にして、宵の明星を横目に車を走らせ、やがて月に出会うと、そのままいつもの山へと登っていくのだった。

 頂上に着くと、彼は火を起こし、その隣に腰掛ける。そしてカバンから手紙を取り出し、炎の光の中で、一つ一つ読み上げていく。

 「返事がないのは、分かっています……」、「もう何年、あなたに会っていないでしょう……」、「きっとどこかで生きていると、信じています……」、「………………………………」

 彼は読み終わった手紙を、火にくべていく。一筋の煙が空へと昇っていた。名前を持ち星座になった星々と、名前もなく星座にもなれなかった星々。彼は魔術師だった、彼はその煙を灰色の雲に変えることができた。郵便配達員たちの中には、彼のような魔術師がいくらか存在していた。

 

 ひどく寒い夜だった。凍り付いた雲は、やがて街に雪を降らせていくだろう。行く宛てのない言葉たちが、ゆっくりと人々の間へ降りていく。だが、それはあまりにはかなくて、暖かい人肌に触れるだけで、声に変わる前に、すぐに溶けて消えてしまう。白く輝く、迷子の言葉たちの、零度の叫び。

 雪の日、世界中のどこであっても、街は静かになる。それは、その言葉たちの、無音のざわめきに圧倒されて、誰も口をきくことができなくなるからだった。魔術師たちによる、消えていく言葉たちのための、喪の作業。

 彼は今夜も手紙を燃やし続けるだろう、雪が、街を覆い尽くしてしまうまで――