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Teoreamachineの小説ブログ

故郷の番人

 "故郷を甘美に思うものはまだ嘴の黄色い未熟者である。あらゆる場所を故郷と感じられるものは、すでにかなりの力を蓄えたものである。だた、全世界を異郷と思うものこそ、完璧な人間である。"

ーー聖ヴィクトルのフーゴー

 

 

 「人は、一生のうちで少なくとも三つの場所に住んだほうが良い。一つめは、故郷というものを知るために。二つめは、どんな場所も故郷になると知るために。三つめは、故郷など無いと知るために」

 僕が子供のころ、哲学者の叔父が、ぽつりとそんなことを呟いた。意味が分からなくて首をかしげる僕に、叔父は微笑んで、「ただ、どの段階にある人間が一番幸せなのかは、分からないけどな」と付け加えた。

 

 叔父の言う通りにした、というわけではないが、僕は結局三つの場所に住んだ。

 

 一つ目は雪国で、僕の生まれ故郷だった。一面の雪景色は、さらに寝ても覚めても降る雪に包まれ、それ以上の世界は見えない。僕にとって雪国は世界の全てであり、僕は全てを知り、全てが僕の思いのままだった。雪国での僕の友達はヒツジだった。ある時、ヒツジは僕にこんなことを尋ねてきた。

 「全ての雪が消えてしまったら、この世界はどんな風に見えるだろう?」

 

 二つ目は海の国で、僕はいつも海の上で暮らしていた。一面の海原には限りがなく、僕はどこまで行っても同じように生活することができる。僕はどこにいても良かった、僕は何も所有したり、支配する必要がなかった。海の国での僕の友達はワシだった。ある時、ワシは僕にこんなことを尋ねてきた。

 「全ての水が消えてしまったら、この世界はどんな風に見えるだろう?」

 

 三つ目は砂漠の国で、僕は絶えず移動していた。一面の砂漠は常に僕に限界を迫り、定住することができない。僕はどこにもいられなかった、僕は何も所有できなかったし、支配できなかった。砂漠の国での僕の友達はライオンだった。ある時、ライオンは僕にこんなことを尋ねてきた。

 「全ての砂が消えてしまったら、この世界はどんなふうに見えるだろう?」

 

 僕は再び、一番最初の場所を目指すことにした。列車に乗って、故郷へと向かう。

 国境の長いトンネルを抜けると雪国だった。夜の底が白くなった。長い年月が過ぎていたせいだろうか、僕はその一面の雪景色に、何の懐かしさも感じられない。故郷はもはや、柔らかく僕を迎え入れてくれる場所ではなく、よそよそしく、無関心で、僕を突き放し、拒んでいるようだった。僕は何も所有しようと思わなかったし、支配しようと思わなかった。

 僕は叔父に再会することになった。

 「久しぶりだね」叔父は僕を迎え入れる。

 僕はしばらく、旅の話を叔父にした。叔父は黙ったまま、満足そうに僕の話を聞いていた。

 「ところで、ひとつ聞いてみたいんだが」僕の話の終わりに、叔父がそう言った。

 「何だい?」僕は叔父を見つめて、質問に備える。

 「久しぶりのこの雪国は、どんなふうに見えるかね?」

 叔父はソファの上でくつろいでいた、しっぽを振って、羽を手入れしながら。叔父はヒツジの頭と、ワシの羽を持ち、体はライオン、みんなからスフィンクスと呼ばれている。叔父は質問の答えを待っていた。

 古代ギリシアスフィンクスは、謎かけが得意なことで知られていた。スフィンクスの謎かけで答えを誤った者は死に、正解ならばスフィンクスが死んだ。エジプトでは王の墓の番人、つまり生と死の番人であり、ギリシアでは真実の番人であったスフィンクスは、現代ではいったい何の番人をしているのだろう?