物語のはじまるところ その3
僕がヘイリーと出会ったのは、僕が大学を卒業してすぐのころだった。死んだ両親が残した一軒家の、だだっ広いスペースでのんびり過ごしていたところに、中学時代からの友達だった吉岡が連絡してきたのが、そもそもの始まりだった。
「お前ん家、貸してくれないか?」
出し抜けに、いつものいい加減さで吉岡はそんなことを言い出した。
「なんでだよ。アパートを追い出されたのか?」
「違うよ。そんなんじゃないんだけどさ。一日、一日だけでいいんだよ、な?」
「理由を言えよ。いきなりそんなこと言われたら警戒するに決まってるだろ」
昔から適当なやつだったが、しかしまあ相変わらずだ。
「パーティー、やりたいんだよ」
「パーティー?」
「そう、パーティーだよ、楽しいぞ」
「パーティーとは何だ、パーティーとは。DJでもやって浮かれ騒ぐつもりか? そんなことなら絶対に貸さないぞ」
僕は静かな環境を好む性質だし、別に音楽は嫌いじゃなかったが、それに乗じて騒いだり酒を飲んだりするのは好きじゃなかった、というかそもそも、ずいぶんな近所迷惑だ。人集めの得意な吉岡は自分でDJなんかもやっていて、たまにそういうパーティーを開いたりしているようで、調子に乗って騒いだせいで近隣から怒られたこともあるらしかった。
「違うって。パーティーっていえば、あれしかないだろ」
「だから何だよ。誕生日パーティーとか?」
「ブゥーーー。はずれー」
吉岡は小馬鹿にするような調子で、電話の向こうで(おそらく)ツバを飛ばしながら言う。
「……電話切るぞ」
「まあまあ、待てよ」
「で、何のパーティーなんだ」
吉岡はもったいつけるように間を置く。何か驚くようなことを言うときでも、ごく普通のことを言うときでも、同じようにこんなことをするヤツなので、僕は全く平静に構えて答えを待つ。
「ホームパーティーだよ、パーティーといえばそれしかないだろ」
「いや、そんなの本当にやるヤツ初めて聞いた。というか、つまり飲み会のことか?」
ホームパーティーなんていうのは、僕はアメリカのコメディくらいでしか見たことがなかった。吉岡がそんなのをやるとは思えない、だからたぶん、いわゆる宅飲みでもやりたいのだろうと思った。
「いやいや、もっとアットホームなやつさ。みんなで料理と飲み物を持ち寄って、楽しくやろうっていうパーティーだよ」
「本当のホームパーティーをやるのかよ」
「だからそう言ってるだろ。普通のマンションとかだと、ちょっと隣に遠慮するし、スペース的にもイマイチだし。だから、お前ん家がちょうどいいんだ」
「…………」
吉岡が本当に言う通りにホームパーティーなんかやるつもりなのか訝しがって、僕は少し無言で考える。
「もちろん、場所を借りるんだし、お前は何も準備しなくていいよ。片付けもちゃんとやるからさ」
「……まあ、別に嫌とはいわないけど」
どうせ僕一人には広すぎる一軒家だし、たまには誰かに使ってもらうっていうのも悪くないかもしれない。
「きっと面白いと思うぞ」
「面白い?」
「そう、やっぱりホームパーティーだしさ、飲み会とは違うってことよ」
「よく分からないな」
「察しろよ」
「アップルパイでも用意するのか」
「ブゥーーー。はずれー」
吉岡はさっきと同じ調子で繰り返す。
「もういいって」
電話の向こうで吉岡が愉快そうに笑っている。
「ガイジンだよ、ガイジン。やっぱりホームパーティーだしさ、メンバーにガイジンがいないと雰囲気出ないだろ」
なんだかもうわけが分からなかった。いったいこいつは何を言いだしているんだか。聞けば、居酒屋で知り合った外国人と意気投合して友達になり、なんやらかんやらでホームパーティーをやることになったらしい。英語も話せないくせにいったいどうやったらそんなことになるんだと思ったが、しかし良くも悪くも誰に対しても馴れ馴れしい吉岡ならあり得る話だった。パーティーで本当にDJとかやりださないだろうかと心配しながら半信半疑で聞いていたが、その辺は大丈夫だと吉岡は適当な感じで請け合いながら、あれこれ計画について話していた。
結局、僕は家を貸してやることにした。十五人くらい来るらしい。僕はリビングを見回しながら、そこに染み付いた静けさのことを思う。両親が死んで以来、僕一人で暮らしてきたせいで、長い間掃除していない部屋に分厚いホコリの層が積もってしまったかのように、厚く張りつめた沈黙が足元を覆っている気がした。たまにはちょっとくらい賑やかにしてもらえば、この部屋もきれいになる。ただ、外国人がどんなものなのか知らない僕にしてみれば、もしかしたら賑やかすぎて問題を起こすんじゃないかという心配があったのも事実だった。