Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

物語のはじまるところ その10

 の発作は、父親が死んですぐではなく、その数年後に始まったのだとヘイリーは僕に語った、いつやってくるのかはまったく予想がつかず、サイコロを振るかのようにランダムに、数ヶ月に一度、夜中にいきなり始まるのだという。原因はよく分からない、父親の死と直接関係があるのかどうかすら分からない、ただ、突然に、どうしようもない恐怖に縛り上げられたかのように身体が硬直し、呼吸ができなくなるらしかった。

 「発作が始まると、ほとんど無意識にいつも心の中で祈ってしまうの。苦しい、助けて、って」

 因果関係は定かでないが、少なくとも発作の間、ヘイリーの頭の中に父親の記憶がよみがえるのだという。

 「自分が特別、父親に依存する心をもっていたとは思わない、けど、発作の間は、まるで子供の時の精神状態に戻ってしまったみたいになる」

 父親が死んだ時、ヘイリーはまだ十四歳だった、その十四年の積み重なりの中にあった日常から急に転げ落ちるように、ヘイリーの人生から父親が消えてしまったのだ。

 「お父さんの仕事は建築家だった。たまに二人で出かけると、いつも寄り道して、自分がデザインした家を見せてくれる。こういう人が住んでて、その人のためにこんな工夫をしながら設計して、だからこのデザインができあがったんだってことを、にこにこしながら楽しそうに説明するの。まだ子供だったから、あんまりよく分からなかったけど、子供の目にはなんでもないように見える家が、どんどんいろんなものが詰まった不思議な箱に思えてくるのが面白かったし、何より、上機嫌な父親を見るのが好きだった」

 日本ではあまり父親が好きだという女性は多くないが、ヘイリーの友達などは割と好意的に自分の父親のことを語る人がほとんどだったことからすれば、ヘイリーのこの父親に対する感覚は別に過剰なものではなくむしろありふれたものなのだ思う。

 「正しくて寛大な人だった。お父さんは死んだお姉さんの子供、つまり私のいとこの面倒を見てあげてたの。いとこはアメリカ軍に入隊を志願して、イラク戦争に行ったんだけど、そこで、心にひどい傷を負ってしまった」

 ヘイリーのいとこは、PTSDを抱えた帰還兵だった。バスケットボールとギターが好きなどこにでもいる少年という感じだったいとこは、まるで別人のようになって帰ってきたのだ。表面的にはある程度普通に生活をしていたものの、性格はひどく内省的になり、帰還してから毎日飲むようになった酒の量はみるみる増えていき、抑うつで無気力に襲われ、酒の空きビンの転がる部屋でひとり、ぼうっとしていることがしばしばあった。

 「いとこは派兵の前に結婚してたんだけど、いとこが帰ってきて喜んでいた奥さんも、どんどん追い詰められていったみたい。ときどき私の家に来て、お父さんとお母さんにいとこの話をしながらわんわん泣いてた。前みたいな、明るくて優しい人に戻って欲しい、それなのに、日に日に悪くなるみたいに見えて、もう希望が持てないって。それで胸の内を吐き出してしまうと、こんなことばかり言ってごめんなさいって、謝ってから帰っていくの」

 正直言うと、僕はどんなふうにその話を聞いたらいいのか分かりかねていた、戦争からの帰還兵という存在が、僕の日常からはあまりにかけはなれている。後で知った話では、日本でもPKOとかで派遣された自衛隊員がPTSDを抱えることがあるらしいが、その時の僕にとってはまったく未聞の事実でしかない、だから僕にできるのは、無理にコメントを挟むことではなく、しっかりとヘイリーの話と感情を受け止めることだけだった。

 「いとこはイラクで、同じ部隊の同じグループにいた同い年の仲間で、友達と言っていいくらいに仲良くなった人を亡くしたらしいの。敵の急な攻撃を受けて、なんとか安全な所まで逃げこんだんだけど、壁から敵の様子をうかがったとき、いとこが見たのは、敵に頭を押さえつけられてしまった友達の姿だったんだって。助けようとした瞬間、その友達は頭を撃たれて死んでしまった」

 それ以来、ヘイリーのいとこはそこで死んだのは自分だったかもしれないという強迫観念に取りつかれてしまったのだという。自分がその友達と入れ替わるところを想像してしまい、どんなに抑えつけても繰り返し繰り返し頭の中へと上ってきて、ヘイリーのいとこは、自らの想像の中で、何度も何度も死んだのだ。

 「お父さんは二週間に一度はいとこに会いに行って、どうにか立ち直らせようとしてた。でもそのうち自分やいとこの奥さんのサポートだけでは駄目だってことに気づいて、カウンセリングに行かせることを考えたみたい。でも問題だったのは、いとこは繊細なのに男らしさへの執着心が強いところがあって、それを提案するのが難しかったってことだった。「そんなのはゲイ野郎が受けるもんだ」とか言って、カウンセリングを軽蔑してたの」

 手をこまねいているうちに、いとこの状態はますます悪くなっていったらしい。家の外から大きな音が聞こえるだけでひどく怯えて、わけのわからないことをわめき散らすようになってしまった、ささいなことで苛立って、壁やドアを殴りつけたりして、とうとう奥さんが身の危険を感じ始めるほどになったのだ。

 「いとこはだんだんおかしくなって、ほとんどパラノイアックなくらいになった。そしてとうとう、耐えられなくなってカウセリングを受けさせようと説得した奥さんを、いとこは殴ってしまった。いとこは奥さんの顔を殴ってから、壁に叩きつけたの。奥さんは鍵のかかる部屋に逃げ込んで、お父さんに電話で助けを求めてきた」

 警察沙汰にすべきかどうか、戦争の英雄として帰ってきたはずの自分の醜態をさらすことを望まないであろう、いとこの意思に配慮すべきかどうか、という迷いが、そこにはあったようだった。ヘイリーの母親は警察に連絡すべきだと主張したが、父親は一度様子を見てから決めると言って、いとこの家に向かった。

 「そのいとこの様子を、お父さんはまともに確認することすらできなかった。いとこのいる部屋に入った瞬間、頭のおかしくなったいとこが持っていた拳銃で、お父さんは撃ち殺されたの」

 とうとう駆けつけた警察に取り押さえられたときですら、いとこにはヘイリーの父親を撃ったという自覚がなく、「"sand-nigger"のテロリストが、イラクから俺を殺しに来やがった」という妄言を、口から泡を吹きながら始終わめき散らしていた。その銃弾は、まるで強い恨みを抱いた相手にそうするように、何発も何発も、執拗に撃ち込まれていたのだという。

 

 ただただ、僕は黙ってその話を聞いていた、すぐに共感や理解を示すには、やはりその出来事はあまりに遠い。ずっと身近にいたせいで、ヘイリーが、こことはまったく違う場所で、今ではなく以前に、生きられた人生を抱えているのだということに僕は気づいていなかったのだ。戦争も銃も、僕が今まで生きてきた現実からはかけ離れすぎていて、そのせいでヘイリーの話が映画のワンシーンのような気になってきてしまう。僕は限界に当たった自分の想像力を必死で展延させて、それがまぎれもない現実であるという認識までたどり着こうと、そしてヘイリーの傷に少しでも共感と理解を持とうともがく。ただそうすればするほど、僕はヘイリーと自分との間にある、大きな大きな隔たりを感じるはめになってしまう。個人と個人として繋がることができたと思っていたのに、それでもなお、僕とヘイリーの間には、国とか言語とか、そういうものが、そういう境遇に与えらえれたそれぞれの現実が、否定しようのない断絶として穿たれているのだと感じざるを得ない。僕は僕であり、ヘイリーはヘイリーである、というだけでは、どうしても済まないのだ、僕は日本人であり、ヘイリーはアメリカ人である、普段どれほどそんなことを気にせずにいられたとしても、それが消えて無くなるわけではない。ヘイリーは確かに、海の向こうから来た人だったのだ。

 「それでも、少しずつ、お父さんのことは忘れていってる」

 そう言って、肩を抱く僕の手に触れながら、ヘイリーは僕に笑顔を作ってみせる。悲しい笑顔だった。

 「……いつまでも、悲しんでるわけにはいかないからね」

 そう言いながら、僕は果たしてそれが適切な返事なのか分かりかねていた。

 「忘れなくてはいけないけど、忘れてはいけないこと。忘れれば忘れるほど、私は、私の大事なものを失っていく。この痛みが残っているうちは、まだお父さんの存在は消えないけれど、もし、私がこの痛みを失えば、お父さんは、本当にただ、死んでしまった人になる」

 「……うん」

 うなずきながら、僕は自分のことを考えた。僕は自分の両親を失ったことを、ヘイリーほど気に病んではいない。僕は不誠実だろうか? 僕の両親は、特に父親は、事故で死んだことになっている。けれども、僕にはひとつ、気付いていることがあった。父親は、そこそこ名の通った企業に勤めていて、本人はずいぶんそれを誇りにしていた、そしてそのおかげで、僕の家はどちらかといえば裕福なほうだった。しかし、僕が十八歳になったとき、その会社は倒産した、長引く構造不況とその変化に疲弊して、見るも無残に崩れ落ちたのだ。再就職を試みた父親に、満足のいく口は与えらえなかった、比較的ましな話もあったが、年下の人間の部下になることを条件に出されて断ってしまったということもあったようだった。父親は他人よりプライドの高い所があり、そして自分の勤め先と年齢をそのプライドの根拠にしてしまっていたせいで、とうとうそれを回復することができなかった。父親はしょっちゅう酒を飲みながら、政治と社会の批判をぐちぐちといつまでも言う人間になってしまった。高校生だった僕は、その父親を、心から軽蔑していた。そしてそんな日々の果てに、父親は母親と用事があって出かけたその道中で、交通事故を起こして死んだのだ。それは本当に事故だったのか、僕は疑問に思っている、プライドを打ち砕かれ、家族からの尊敬を失った父親は、わざと事故を招いたのではないだろうか、というふうに、思っている。はっきりとした意思による自殺ではなくても、無謀な運転をしてきた相手の車をあえて避けずに、目の前にちらついた死の可能性に、誘惑されるように飛び込んでいったのかもしれないということに、僕は気づいていた。

 「父親が死んでからしばらくして、私は日本語を勉強し始めた。何の関係があるの? っていう感じだけど、今になって考えてみると、私は、どこか完全な別世界に入り込んでしまいたかったのかもしれない。英語っていうものが与える世界に囚われた状態から、父親の死を招いた世界に囚われた状態から、避難できる場所が欲しかったのかもしれない。私は別にオタク文化にも日本の伝統文化にも興味もなかったけど、他の学生よりも遥かに日本語が上手くなった。長く日本語を教えていた先生も、こんなに上達する学生は珍しいって驚いてたくらい」

 「それで父親のことを忘れることができると思った?」

 「というか、私はむしろ、父親のことを忘れることを恐れていた。英語の中で生きている限り、私は父親のことを完全に忘れなければ、父親の存在を消さなければ、前に進めなかった。だから、日本語へと逃げ込むことで、私はその、忘れるっていう行為を、中断しようとしたのかもしれない」

 忘れるというのは、いったいどういうことなのだろう、と僕は思う。僕は両親の存在を忘れていた、少なくとも、自分では忘れたことにしていた。僕はそのとき十八歳で、すでに親との精神的なつながりは薄かったし、それは何より軽蔑していた父親の死だった。だからそれは、ヘイリーがそうするよりもずっと単純で簡単なことだったのだ。

 「僕は忘れたよ」

 そんなことを考えていたせいで、僕は思わずそれを口に出す。

 「何を?」

 「自分の死んだ両親のことを」

 「どうして? どうやって?」

 「必要だったから。特別な方法なんかない、僕はただシンプルに、両親のことを忘れたんだ」

 一瞬その言葉をうまく受け取りそこねたようで、ヘイリーはだまってから、一度だけうなずく。

 「……そうね。私に必要なのは、その決心なのかな」

 ヘイリーは、僕の、本当な残酷な言葉を、重要なアドバイスとして解釈してしまった。ただ、僕は、本当に両親のことを忘れたのだろうか。僕は決して、誰にも両親のことを語ろうとしなかった。戦争と経済という、互いに大きくて不条理で人間の意思などとは無関係なうねりによって翻弄された喪失を抱えてはいたけれども、ヘイリーのような愛着によってではなく、嫌悪によって、僕は両親の記憶を恐れていた。

 「無理に忘れなくても、良いんじゃないかとは思うけど」

 取り繕うように、僕は言う。ヘイリーに向かって言うべき言葉を、探していたのだ。

 「でも、やっぱり前に進まないといけない。いつまでも逃げ回っていてはだめだから」

 たぶん、ヘイリーのほうが、僕よりずっと忘れるということに対して忠実だった。忘れるというのは、たぶん、思い出さないということではなく、思い出すのを恐れないということなのだ。

 

 

物語のはじまるところ その11へつづくーー