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Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

物語のはじまるところ その12

 「僕はーー」

 新幹線は、僕が望むスピードよりずっと速く、僕とヘイリーを東京方面へと運んでいく。自分の手の届く世界から消えてしまったかぐや姫からもらった不死の薬を焼いてしまった帝のように、僕もまたその薬を焼くだろうかと考えて、自分がどうするのか分からずに答えにつまる。なぜ、かぐや姫は不死の薬を与えたのだろうか? なぜ、帝はその薬を焼いたのだろうか? 僕は、原初の物語の中へ自分を投影し、また、原初の物語を自分の中へ投影する。なぜ、これが原初の物語だったのだろうか? あるいは、なぜ、これが原初の物語として残っているのだろうか?

 「僕は焼かないよ」

 はっきりとした理由を自覚するより先に、答えが言葉になって出た、僕は、不死の薬を焼かないだろう。

 「じゃあ、その薬を飲んで、かぐや姫に会う方法を探し続けるの? 永遠に、会えないかもしれない。それでも、その薬を飲むの?」

 「飲むかどうかは、分からない。でも、はっきりしてるのは、僕がその薬を焼かないっていうことだ」

 「どういうこと?」

 どういうことだろう。ただ、その瞬間の僕には、確信だけがあった、僕は、絶対にその薬を焼かない。

 その原初の物語は、それを語る人々の、共同体の誕生についての真実なのだというのが、そのときには自覚していなかった僕の考えだった。共同体は内と外に境界線を引くことで誕生する。ならば、その誕生は、必ず外部の喪失の物語になるだろう。そのとき初めて、そこには内と外という分裂が作られ、彼らは内へ向かって閉じてしまうのだ。帝は、かぐや姫が唯一残した、外との繋がりである不死の薬を焼くことで、内と外を完全に隔ててしまった。その犠牲によって、初めて共同体は誕生し、帝は帝となり、物語は物語として語り継がれることになる。富士山から登る煙は、この世の境界で、むなしく空へと消えていくだろう。ただ、内と外を隔てる境界線が常に虚構である限り、抑圧されたものの回帰として、僕らは絶えず外部を呼び戻そうとするだろう、僕らは夢を見続けるだろう、遠く美しいものに、自ら望んで魅了され、自らの全てを奪い去られる恍惚に身を委ねるだろう、内と外の境界線が消えた世界の夢を、永遠に見続けるだろう。僕らは、物語を物語として語りながらも、しかし、その物語をはるかに超えたものを、夢見ている。

 

 新幹線は、どんどん目的地へと近づいていた、僕らはこれから、空港まで行くだろう、そしてそこで、生まれ故郷へ帰るヘイリーを、僕は見送ることになるだろう。僕は自分のカバンの上に、そっと手を置く。その中には、僕がヘイリーから盗んだ、あのストールが入っている。

 ヘイリー。ヘイリー・ベイリー。僕のそばにいた、あのコの名前。ヘイリー、ヘイリー、僕は君を、失いたくない。

 

 

 

物語のはじまるところ 最終回へつづくーー