Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

2013-09-01から1ヶ月間の記事一覧

『君を想う、死神降る荒野で』 その32

息を潜め、おぞましい壁の向こうの光景をできるだけ見ないようにしながら、タチバナは精神病棟を進んでいく。闇夜にうごめく猫のような柔らかく素早い動きで、気配を消して、足音を立てないように、奥へ、奥へ。タチバナにはどうしてもやらなければならない…

『君を想う、死神降る荒野で』 その31

ユキの妊娠が分かったのは、私が外国へ行ってしまったすぐ後だった。ある日突然気分が悪くなり、母親に病院に連れて行かれ、そして検査の結果それが判明した。赤ん坊の父親が誰なのか、ユキはなかなか喋ろうとはしなかった、言えば私に迷惑がかかると思って…

『君を想う、死神降る荒野で』 その30

いつか、ナルセがそうしてくれたように、クロガネはナルセにコーヒーを淹れてやり、テーブルの上に置く。そして二人はそのテーブルを挟んで向かい合い、イスに腰掛けていた。じっと黙っている二人の間で、真っ黒いコーヒーの表面がゆらぎ、白い湯気が漂う。…

『君を想う、死神降る荒野で』 その29

――ずっとそばにいてね、お兄ちゃん……。 もう死んでしまったユキの夢を見てしまい、クロガネは首を絞めてられているかのようにあえぎ、目を覚ます。何度も同じ夢を見ている、決して、忘れることはできなかった。明かりを点けると、枕元に置かれた、半分まで水…

『君を想う、死神降る荒野で』 その28

研究室の、巨大なモニターの前で、誰もが黙りこんでしまっていた。今、そこで起きたことの何もかもが、完全にこれまでの常識の埒外にあった。これまで一匹しかいなかった八つの首の死神の大量の出現、それを殲滅する勢いだったゼロシキの暴走状態に近い圧倒…

『君を想う、死神降る荒野で』 その27

まるで、空が崩れ落ちてくるかのようだった。触手を傘のように開いて、八つの首を反り返らせた死神たちが、スローモーションで地上に降りてくる。まだ生き残っていた少年たちは、晩夏の花火でも見つめているかのような、うっとりとした表情で、理性を麻痺さ…

『君を想う、死神降る荒野で』 その26

「イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」 薬がもたらした想像以上の力と、それを全て台無しにしてしまうような大量の死神の出現に、それを研究所のモニターで見ながら絶句するクロガネの横で、キドがはしゃいでいる。 「すっごおおい、す…

『君を想う、死神降る荒野で』 その25

――痛い……! 薬の副作用だろうか、あるいは暴走する感情が輻輳し、暴発しそうになっているのか、頭が激しくうずいて、ゼロシキはひどい痛みに苦しんでいた。虚無は全てを圧倒する津波のように荒れ狂い、存在の全てを飲み込むように渦巻き、白く明るく輝いて、…

『君を想う、死神降る荒野で』 その24

真っ白い壁に囲まれた部屋の中で、ゼロシキはキドに面会した。やたらに明るい照明に照らされ、何もかもが白く霞んでいる。明るすぎる部屋は、時に闇の中にいるような感覚を与える。最新技術を駆使して作られた線のように細い注射器の針が、その白い闇に沈ん…

『君を想う、死神降る荒野で』 その23

「……なぜ、そんなことを俺に話すんだ?」 しばらくの沈黙の中、二人は向き合ったままだったが、やがてぽつりとゼロシキが言葉を漏らす。 「知っておいて欲しいと思ったから。死神に家族を殺されたコも多いけど、そうじゃないコもいるんだよ。そして、そうい…

『君を想う、死神降る荒野で』 その22

……私、お兄ちゃんがいたの。二つ年上で、小さい頃はすごく元気がよくて、あっちこっち遊んで回ってる感じの子供だった。反対に、私は引っ込み思案で、あんまり外に出て遊んだりはしなかった。親が厳しかったっていうのもあるかな、それに治安も悪くなってる…

『君を想う、死神降る荒野で』 その21

「今回は残念だったな」 しばらく頭痛に悩まされ、医務室に寝たきりのまま、ようやく回復したゼロシキの目の前に現れたクロガネが、開口一番にそう言った。無機質な医務室のベッドの上にいるゼロシキの横に座ったクロガネは、不治の病でも宣告しに来た医者の…

『君を想う、死神降る荒野で』 その20

――おかえり。 クロガネが大学から帰ってくると、いつもユキは静かにそう言って出迎えた。おぼつかない動きで手のひらを動かす、そのユキの手を、クロガネがそっと包むように握る。ユキは笑顔になり、その手でクロガネの顔に触れ、その感触を確かめると、よう…

『君を想う、死神降る荒野で』 その19

廃墟。そこは確かに廃墟だったが、かつての超高級住宅街だけあって、建ち並ぶ家はどれも豪華で美しいデザインになっている、それだけでなく、大きさもかなりのもので、しばらく歩かないとその全体像が分からないくらいだった。建物自体は全く風化していない…

『君を想う、死神降る荒野で』 その18

もし、地獄の鬼がアクアリウムを持っているとすれば、それはちょうどこんな感じだろうか――クロガネはそんなことを思う。目の前にあるガラスのしきりの向こうでは、悪趣味極まりない「実験」が行われている。ミノムシのようにぶら下がった精神病患者たちが、…

『君を想う、死神降る荒野で』 その17

クロガネから連絡を受け呼び出されたゼロシキは、約束したとおり用意された調査団のメンバーと顔を合わせる。調査団を構成するメンバーは音響や心理学、脳科学の専門家らしき科学者たちと、その護衛を務める少年たち、そしてゼロシキ、そして――タチバナだっ…

『君を想う、死神降る荒野で』 その16

「ヤマタノオロチみたいですね」 先日の戦闘の映像を分析していたクロガネの背後で、タカマツが呟いた。 「ヤマタノオロチ……か」 クロガネはじっと映像に見入っている。八つの首の死神、あるいはヤマタノオロチは、圧倒的すぎる戦闘能力で少年たちを惨殺して…

『君を想う、死神降る荒野で』 その15

――おかえり、父さん。 ハルミのことを思い出すとき、回想はいつもその言葉から始まる。どうしても、不随意に、その記憶は繰り返して頭に上ってきてしまう。 「ねえ」 「どうした?」 書斎にいたクロガネに、珍しくハルミが話しかけてきたことがあった。自分…

『君を想う、死神降る荒野で』 その14

荒野、その地面をそっと指先でほじくって小さな穴を空けると、そこに《機械》を挿入する。ゼロシキは瞑想するように目を閉じて、ゆっくりと想像力を解放していく。穴からはスルスルと芽が生えてきて葉を広げ、さらに伸びる茎が次第に太く硬くなっていったか…

『君を想う、死神降る荒野で』 その13

東京ヘブンズゲイトから帰って以来、何度か戦場へ出るたび、ゼロシキはかすかな異変を感じていた。どうも、《機械》がしっくりこないのだ、死神と戦う上で、そこまで支障が出ているわけではない、ただ、ときどき《機械》に重みを感じたり、イメージが具現化…

『君を想う、死神降る荒野で』 その12

陰鬱。荒廃した東京は、どこへ行っても気の滅入るような雰囲気が渦巻いている。死神による虐殺が始まって以来、経済的に少しでも余裕のある人間や地方に親戚のいる人間はみんな避難してしまって、あとに残されたのは貧困層ばかりだった。クロガネはかつて繁…

『君を想う、死神降る荒野で』 その11

エレベーターは音も立てずに上昇し続ける、ひどく緩慢なペースで、いったいどのくらいの高さまで来たのか分からない。中は単に鏡張りになっているだけで階層の表示すらない。かつては東京ヘブンズゲイトへの直通エレベーターだったのだろう、しかしこの速度…

『君を想う、死神降る荒野で』 その10

――おかえり、父さん。 ハルミは幼かったころも、研究所の個室に帰ってきたクロガネをその言葉で出迎えていた。個室には幼い子供が暇をつぶせるようなものはなく、研究に関する書籍があるくらいだったが、ハルミはそういったものに強い興味を示し、クロガネが…

『君を想う、死神降る荒野で』 その9

走る、走る、二人はまとわりついてくる死神たちを《機械》で薙ぎはらいながら、塔の入り口に向かって突き進む。入り口に近づくほど死神の数は増えたが、全部普通の死神だったおかげで困難はなかった。ゼロシキは周囲に無数のリングを飛ばしながら、襲いかか…

『君を想う、死神降る荒野で』 その8

――おかえり、父さん。 クロガネが研究所から帰ってくると、いつもハルミは静かにそう言って出迎えた。そしてまたすぐにピアノに向かい、ずっとドビュッシーの曲を弾いている。ハルミの、母親が好きだった曲なのだ、もっとも、ハルミは母親の面影など全く記憶…

『君を想う、死神降る荒野で』 その7

ぐるぐる、人差し指の先を動かして円を描く、《機械》は滑らかに輝くリングになって頭上を旋回していた。《機械》はどんなふうにも変化した、それは飛び道具として使うことすらできる。ゼロシキは指の動きを止め、今度は腕を回して旋回のスピードを上げてい…