Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

2014-03-01から1ヶ月間の記事一覧

君の代わりに その20

僕は、くらげのようにこの一週間を漂っていた、何だかよく分からない感情を、どうにも扱いきれなかったのだ。嫉妬でもなければ絶望でもない、後悔でもなければ悲しみでもない、そういう感情の燃えかすみたいなものが、僕の奥底に転がっていた。未練からも失…

君の代わりに その19

あれから、僕は「彼女」からの連絡を待っていたが、そんなそぶりすらない。もう会うこともない、という「彼女」の言葉は、予測ではなく、決心だったようだ。 僕はまた、これまでの生活に戻る。幸い、予想に反して、今までより依頼が安定的に入るようにはなっ…

君の代わりに その18

「ごめん」 別れ際、京都駅の構内で、「彼女」がようやく口を開いてそう言った。まるで、こっぴどいケンカをしたカップルのように、僕と「彼女」はずっと喋っていなかったのだ。 やはり、もう僕の仕事は終わってしまい、だから僕は帰ることになった。でも、…

君の代わりに その17

「日記、書いてるの?」 窓際のテーブルでノートパソコンを広げてカタカタやっていた僕に、「彼女」が話しかける。「彼女」は、何でもないふうを装いつつも、ずっと青ざめた顔をして、心はここにあらずという感じで、あまり良い状態とは言えなかった。僕の方…

君の代わりに その16

七月、十日 いったい、あそこで何が起きたというのだろう、いや、何も、起きなかった。私が母親だと思って会いに行ったものは、すでに母親ではなかった。ということは、私には、もう母親はいない。私の感情や思い出が、わずかに付着していたはずのそれは、す…

君の代わりに その15

山の上にひっそりと建っていた精神病院は、しかし、陰鬱だとか、不気味だとか、そういう雰囲気ではなく、こぎれいで清潔な印象すらあった。ただし、隔離された場所、という性質のせいなのか、中に入ると、妙なよそよそしさと、独特の緊張感に固まった静けさ…

君の代わりに その14

七月に入った京都の街を、僕と「彼女」は抜けて行く、祇園祭の賑やかさに泡立ち始めた通りには、観光客と思しき、街の空気から浮き上がった人たちが、キョロキョロとして歩いていた。そういう人たちの、顔、声、息づかい、体温によるいきれ、肌を湿らす汗、…

君の代わりに その13

しばらく、というか、けっこう長い間、「彼女」は実際にそうすることを躊躇していた。母親に会いに行く、と宣言はしたものの、無理もないかな、もう子供の頃から、ずっと避け続けてきた相手なのだ。旅館でだらだらしたり、四条三条界隈をぶらぶらしたり、ち…

君の代わりに その12

六月、二十七日 観光客でいることにも疲れてきて、「彼」とバーに行ってみる。雰囲気はとてもよくて、カクテルも美味しい。 知らない土地で、こういう、観光客がいない所に行くと、本当に誰でもない人間に近づける気がする。観光客である間は、観光客という…

君の代わりに その11

部屋に戻ったとき、「彼女」はいなかった。トイレかシャワーかと思ったが、物音はしていない。まあ、僕が帰ったのは彼女が出たすぐ後だったし、「彼女」がコンビニにでも寄り道していたら僕のほうが先に部屋に戻るのも当然だと考えながら、窓際のイスにもた…

君の代わりに その10

「飲みに行かない?」 三日目の夜、「彼女」がそう言い出した。この三日間、東山、祇園、嵐山と、とりあえず誰もが思いつく京都の観光地で、旅館の近辺にある所は回ってしまい、明日くらいからやや間延びした旅になるんじゃないかと思っていた矢先なので、ち…

君の代わりに その9

書き終えてみて、僕は、結局これは失敗だなと思う。はじめから分かっていたことだが、この日記は、「彼女」の口を借りて、実際には僕が僕の考えを垂れ流しているにすぎない。それらしく書いてみようとがんばったものの、これは「彼女」ではない。じゃあどい…

君の代わりに その8

六月、二五日。 京都へ。 行き先は決めていなかった。日記を依頼した「彼」と一緒に、とりあえずどこかへ行く、そう決めていただけだった。 その場で行き先を決め、あきれている彼を引き連れるように、新幹線に乗る。西へ、五百キロ、二時間と少し。私は窓の…

君の代わりに その7

できる限りのベタがいい、という「彼女」の要望で、やって来たのは金閣寺、僕らは周囲の観光客からは控えめな位置に立って、池の向こうに浮かぶ金閣を眺めていた。入場券を買うとき、人と喋れない「彼女」はやはり僕の後ろに隠れてじっと宙を見つめていた。…

君の代わりに その6

「良かった、思ってたよりいい旅館で」 部屋の外にある小さな庭を前に立ち、「彼女」が呟く。緑にぎやかな初夏の庭に、ピンク色のアジサイが鮮やかで、「彼女」はじっとそれを眺めていた。アジサイは、おしゃべりする年頃の娘たちのように、かすかな風に揺ら…

君の代わりに その5

どこへ行こう、と「彼女」は言う。相変わらず驚かされることばかりだが、「彼女」は当日になってもはっきりと行き先を決めていなかったのだ。まさかそんな無計画とは思ってもみなかった僕は、さあ、と首を傾げる、そんなにとっさに、旅行先なんて考えつくも…

君の代わりに その4

「彼女」は、じっと窓の外を見つめながら、そこに座っていた。レースの入った真っ黒いワンピースを着て、これまた真っ黒いつば広のキャペリンをかぶっている。服を着ている人間というより、服に収まった人形のようで、その容貌にしろ肌の質感や色にしろ、奇…

君の代わりに その3

そして、僕は「彼女」と出会うことになる。貯金の底が見え始め、それまで脳天気を決め込んでいた僕の、額にじわじわ冷たい汗がにじみ始めたころだった。 「彼女」の依頼は、六月の始め、直筆の手紙とともに僕のとこに舞い込んだ。いつもはチラシしか入ってい…

君の代わりに その2

といったような感じで人生を投げ捨てたものの、僕の心臓はまだ動いていて、呼吸も続いている。死にたいと思ってるわけじゃないから、死なずにすむように、生活費を稼ぐ必要があった。唐突だけど、ここでひとつ。自分で言うのもなんだが、僕は詩人だ。もとも…

君の代わりに その1

「自由になりたいんだ」 長い沈黙の後でそう言った僕を見て、ユミは「もはやお手上げ」、「全部あきらめた」といった調子でため息をついた。もはや涙すらない。乾いた冷たい視線を僕に注いで、再び、ため息。まあ、無理もないのかもしれない、いきなり公務員…