Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

2021-01-01から1年間の記事一覧

最後の物語 最終回

何日も、悠葦はチャンスを伺っていた、男と妻子が暮らすマンションの近くを車で周り、息子が一人で外に出てくる瞬間を待つ。自分が指名手配されていることをニュースで知っていたので、とにかく慎重にやらなければならず、警察に怯える毎日だった。帽子を目…

最後の物語 その13

気がつけば、また車でずっと長い距離を走っていた、ただ衝動的に、彼は遠くへ逃げたのだ。助手席には、血のついたなまくらの包丁がおいてある。母親の両眼を切り裂いた後、彼は極度の興奮状態にあり、包丁を握りしめたまま車に乗り込んでしまった。彼は人目…

最後の物語 その12

そして彼は、20年ぶりに自分の生家に戻ってきた。それが同じ場所に同じように残っていることにいくらか驚きつつ、近くの公園のそばに車を停める。当時ですら古びていたアパートは20年経った今では無残なくらいにみじめな見た目になっており、壁は乱雑に…

最後の物語 その11

風はだんだんと強くなり、遠くからたたなづく薄墨色の雲はまたたく間にカラスの大群のように真っ黒になって広がる。道は混んでいて、赤信号に何度も捕まった。家までまだ15分はかかるだろうかというタイミングで、空がひび割れるような雷の音がして、どろ…

最後の物語 その10

(フィリピン海上で発生した台風12号は北上を続け、7日土曜日には南西諸島を通過し、その後西日本へと上陸する見通しです。今日10時現在大型で非常に強い台風となっており、推定値は中心気圧が930ヘクトパスカル、最大瞬間風速70メートルです。こ…

最後の物語 その9

地響きを聞いていた、骨の髄そのものが微かに震えているような感覚と同時に、はるか地の底から、大蛇の蠢きのような、苦悶する男の絶唱のような、音が聞こえていた。夜半闇の深い時刻にそれが身体を縛り震わせるとき、精神もまた囚われて悪夢に飲まれてしま…

最後の物語 その8

誰かが遠くで、短く鋭く、炸裂するような叫びを上げているのが聞こえている。それが自分の叫び声だということに、悠葦は気づいていない。熱くなった体を、膨れ上がった心臓が何度も打ち鳴らしている。ハンドルを握る手は震え、死を前にした獣のように荒く息…

最後の物語 その7

急ブレーキを踏んだ。体が前に飛び出し、頭をハンドルにぶつけそうになる。ゆっくりと顔をあげると、そこには猫が一匹いて、悠々と目の前を横切っている。車に轢かれそうになったことなど気にも留めていないといった態度で、悠葦の正面まで来ると、こちらを…

最後の物語 その6

「行ってこいよ」 先輩から言われるままに悠葦はバンの助手席から降り、荷室から手早く目的の物を見つけると、それこそ放たれた矢のように、家の玄関めがけて飛んで行く。 __すいませんお届け物です。ここにサインを……あ、ハンコですね、じゃあここに。………

最後の物語 その5

椅子に座りながら、悠葦は時計の秒針を目で追う。周囲の何事にも無関係に、時計は自らのペースで進み、それによって周囲を動かしていく。それとは全く反対に、周囲の誰もが自分の意思とは無関係に、彼らのペースで話を進め、それによって自分を動かしていく…

最後の物語 その4

「遊ばないのか?」 ヨシオ、とみんなから呼ばれている男の子が、悠葦に話しかける。壁を背に体育座りをしている悠葦は、ふっと顔を上げてそちらを見る。一瞬ヨシオについて行くようなそぶりで立ち上がって歩いて行くが、急に気が変わったかのようにヨシオか…

最後の物語 その3

目を覚ましたとき、周りには誰もいなかった。天井はのっぺりとして真っ白で、それが限られた視界の全てだったから、茫漠として空のように見えていた。それはもしかすると彼が母親から産まれた瞬間に見た光の洪水に似た光景で、だから自分が今までとは違う世…

最後の物語 その2

「悠葦__」 ガラス戸がゆっくりと、静かに開いた。寒くて震えていた悠葦が顔を上げると、姉が部屋の中から現れて、ベランダへ出てくる、慎重に、音を立てないように。 「お父さん、もう寝るとこ行っちゃったからね」 姉は悠葦に微笑みかけ、ウサギのぬいぐ…

最後の物語 その1

同じ問いがかけられている。主人公は追放に値するのか? 神話はつねに「そうだ」と答える。聖書の物語は「そうではない」、「そうではない」、「そうではない」という。オイディプスの生涯は追放で終わり、その決定的な性質が彼の罪を確証している。ヨセフの…