Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

2018-07-01から1ヶ月間の記事一覧

僕らが何者でもなくなるように その14

「何の用だ。いきなり」 最初に鋭い口調で言葉を投げつけたのは、タカユキのほうだった。ノリマサのあまりにぶしつけな登場に、あきらかに怒りを感じているようだった。僕とアヤカは、何が起こっているのか状況がつかめず、横でじっと見ていることしかできな…

僕らが何者でもなくなるように その13

夜は、僕の行く手を塞いでいる。僕の身体と呼吸を蠕動する闇の襞が飲み込んでいく。それはひとつの眩暈で、夜は無を掻き立て人から存在の衣を剥ぎ取る。無の中で、人は両翼のように時間と空間を捉えようと想像力を広げるだろう。そこでは光が、むしろつまづ…

僕らが何者でもなくなるように その12

もらった本をバッグにつめて、僕はアヤカの部屋を出た。何か助けてあげられることはないかとか、タカユキに連絡すればしばらく逃げられる場所くらい確保してくれるんじゃないかとか提案してみたのだが、アヤカは何度も「大丈夫」だと繰り返すだけだった。心…

僕らが何者でもなくなるように その11

とうとう週も明けて、人の生活のもう一サイクルが始まったころになって、ようやくアヤカから連絡が来た。特に自分の今までの状況についての説明とかそういうものはなかった、ただ、明日の昼過ぎにでも家まで来て欲しいのだという。あまり元気はなさそうだ。…

僕らが何者でもなくなるように その10

それから週が変わって、仕事も落ち着いたので、約束通り僕はアヤカに連絡を入れる。けれども、アヤカは少し待って欲しいと返事をよこしてきた。普段のアヤカの人懐っこさはなくて、手短かでそっけないくらいの態度だった。何か妙だなと気にはなったが、とり…

僕らが何者でもなくなるように その9

僕の家の前でタカユキは、出口のちょうど正面に助手席が来るように車を停めていた。けれども、僕は後部座席のドアを開け、猫のように何食わぬ顔で乗り込む。「前に座らないのか」と言うタカユキに、「後ろの方が広々としていていいんだ」と僕は答えた。車を…

僕らが何者でもなくなるように その8

僕はノリマサを許したのか、と言われると、それはよく分からない。ノリマサは終始三年生の側だったのだから、別に僕らは裏切られたわけではない。僕らは正義と公正さを重視して、ノリマサは保身と権威を重視していただけのことだ。強い恨みを持っていたわけ…

僕らが何者でもなくなるように その7

たぶん、僕はこの辺で、僕らがまだ一緒にいた過去に、ノリマサとタカユキとアヤカの間に、何が起こったのかを言っておくべきじゃないかと思う。アヤカが言ったように、僕らは無知で無自覚だった。だが何に対して無自覚だったのか? 欠落に対して。いや、そう…

僕らが何者でもなくなるように その6

思いがけず、タカユキをアヤカに繋ぎ、ノリマサをタカユキに繋ぐ、なんていう役どころを担ってしまった。 どちらもなんとなくやりにくい話だったが、僕はとりあえず、先に話を聞いていたし、かつ、どちらかといえばやりやすい、アヤカのほうへ話をもっていく…

僕らが何者でもなくなるように その5

どんなふうにアヤカに連絡を取ろうかと僕は考えていた。僕とタカユキと三人で飲みに行こうと言えば、なんでだと理由を聞かれるかもしれないし、かといってタカユキが来ることを黙っているわけにもいかない。しばらくああだこうだと考えていたが、結局、スト…

僕らが何者でもなくなるように その4

あれこれ話してからどうにか最終的にはノリマサを帰らせた後、いちおう会場に戻った僕を、タカユキは一人で待っていた。 「待っててくれたのか?」 タカユキがうなずく。 「すまなかったな、世話かけて」 「まあ、あの状況でノリマサをどうにかできるのは、…

僕らが何者でもなくなるように その3

「ソウスケ!」 パーティー会場に現れた僕を、タカユキは目ざとくも一瞬で見つけて名前を呼び、肩を抱いてきた。 「久しぶり」 そう返した僕のあいさつは、どこかぎこちない。タカユキに会うのが久しぶりすぎて、なんだか初対面の相手に人見知りするような感…

僕らが何者でもなくなるように その2

人がこの世に生まれてきたとき、その人の人生は、いったいどのくらいが、あらかじめ定まっているものなのだろうか。どんな国の、どんな地域の、どんな集団の、どんな親の子供として生まれてくるかによって、それはどのくらい決められてしまうのだろうか。あ…

僕らが何者でもなくなるように その1

懐かしい人から連絡が来た。かつての同級生。久しく途絶えてなかった交流であっても、その名前と言葉を聞けば、いろんなことが鮮やかによみがえる。記憶が、記憶の中でもとりわけ感情と結びついているような、淡い色彩を帯びたような記憶たちがよみがえって…