Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

2015-11-01から1ヶ月間の記事一覧

誘惑の炎、存在の淵 最終回

ひとり、炫士は家の中に立っていた、どこを見回しても、子供の頃からの記憶がそこに染み付いている、懐かしむとかそういうことに関係なく、炫士がそれを受け入れようと拒否しようと関係なく、ただただ、その記憶は頭の中に絶えず浮かび上がって来る。におい…

誘惑の炎、存在の淵 その11

炫士は孤児のように、夜を歩いた、孤独で、寄る辺なく、何者でもない。あるいは孤児になるために、炫士は夜を歩いた。夜は気配で満たされている、その闇の向こうには、人々の息づかいが、物の怪のような気配として、密やかさに包まれささめいている。その気…

誘惑の炎、存在の淵 その10

炫士は、またしばらく元の生活に戻っていた、夜の街をうろついて、女たちに声をかけ、上手くいったり上手くいかなかったり、面白かったり退屈だったり、そういう生活を再開する。家族とはもちろん、秋姫にも会わなかった、これだけ三人を貶めるようなことを…

誘惑の炎、存在の淵 その9

情欲は、いつまでも湿り気を帯びたままだった、行為が終わって、うつぶせになって休んでいる秋姫の裸の尻をつかんで引き寄せ、炫士は何度でも勃起する性器をもう一度挿入する。秋姫もまた、何度でもそれに応じて、快感とも苦痛ともつかない声を漏らして、炫…

誘惑の炎、存在の淵 その8

火葬場からの帰り道、炫士は無言のままハンドルを握った、助手席には那美が座っている。那美と二人になるということは、できるだけ避けたいことだったが、速彦たちは帰る方向が違うため、結局そうならざるを得なかった。那美がハンドルを取るのは主導権を握…

誘惑の炎、存在の淵 その7

岐史が死んだ。その死のあっけなさは、それについて充分に考えたり解釈したりする時間を与えてはくれず、ただ単に起こったことを受け入れるしかないというようなものだった。深刻な病を患っていたとはいえ、それは死の近さを連想させるような雰囲気を備えて…

誘惑の炎、存在の淵 その6

それからほとんど毎日、炫士はクラブへ通った。安っぽい音が不快で、ウォッカベースの水っぽいカクテルをあおりながら、酔いでその輪郭がぼやけていくのを待って、ふらふらとフロアを歩きまわり、秋姫の姿を探した。たぶん来ないだろうと思いながらも、炫士…

誘惑の炎、存在の淵 その5

炫士は病室を出て、談話室のソファに腰かける。岐史の命に別状はなかった、だが、結局そのまま入院ということになり、家族で岐史の病室に集まりこれからのことなどを話していたのだった。炫士にも死にゆく人間に対するいくらかの同情心はあって、だから速彦…

誘惑の炎、存在の淵 その4

覚めた夢に追われているような気分で炫士は帰り道を歩いた、夜は明け、朝はすでに過ぎて、日は一日の高みへ昇ろうとしていた。住んでいるマンションの入り口まで来たとき、壁に寄りかかっていた人影がこちらを目に止めるなり、すっと体を立てて、炫士の方へ…

誘惑の炎、存在の淵 その3

数日の間、炫士は街に立った、だが、道行く女たちを見ながら、誰一人に対しても声をかけられず、更けていく夜を見送るばかりになってしまっている。怖気付いたのではない、母と兄ともめたことで内省的になりすぎていた、意識が自分に向きすぎて、他人との間…

誘惑の炎、存在の淵 その2

炫士は茶碗の中の白米の柔らかい粒を黒塗りの箸の先でつつきながら、正面に座った父親を見ていた。病のせいでやつれ、小さくなったように見える。白髪の、特筆すべきことは何もない、どこにでもいる中年の男、それが炫士の父親、岐史だった。本当に幼い頃に…

誘惑の炎、存在の淵 その1

炫士は孤児のように、夜の街を歩いた。孤独で、寄る辺なく、何者でもない。あるいは孤児になるために、炫士は夜の街を歩いた。街の中を歩いているのに、突き放されて、その視線はまるで外からもたらされたのように、人々を観察している。十一月の終わり、肌…