Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

2016-01-01から1年間の記事一覧

物語のはじまるところ 最終回

東京に着いたのは昼前で、夜の飛行機の出発まではまだかなり時間があった。 「海が見たい」とヘイリーが言う。僕らはすぐに駅で行き方を聞くと、そのまま電車とバスを乗り継いで、太平洋が見える砂浜まで向かう。 その道中、僕らはずっと無口なままで、砂浜…

物語のはじまるところ その12

「僕はーー」 新幹線は、僕が望むスピードよりずっと速く、僕とヘイリーを東京方面へと運んでいく。自分の手の届く世界から消えてしまったかぐや姫からもらった不死の薬を焼いてしまった帝のように、僕もまたその薬を焼くだろうかと考えて、自分がどうするの…

物語のはじまるところ その11

それから、いくらかの日がすぎた、その夜の後の日も、その夜の前の日と変わらず、僕とヘイリーはそれまでの二人のようであり続けた。僕らは、少し他の恋人たちと違っていた、二人の間には、ひと言も話し合われることなく暗黙の了解となっている、不思議な距…

物語のはじまるところ その10

その発作は、父親が死んですぐではなく、その数年後に始まったのだとヘイリーは僕に語った、いつやってくるのかはまったく予想がつかず、サイコロを振るかのようにランダムに、数ヶ月に一度、夜中にいきなり始まるのだという。原因はよく分からない、父親の…

物語のはじまるところ その9

"I, I... I can't breathe." 僕は夜中、隣で寝ていたヘイリーの激しい呼吸の音で目を覚ました。重度の喘息みたいに、塞がれた胸に必死で空気を送り込もうとあえぐ、さも苦しそうな音が何度も何度も聞こえてくる。明らかに異常な事態を察した僕は、慌てて部屋…

物語のはじまるところ その8

"I love you" 初めてヘイリーと寝た後、ベッドに横たわりながら、僕は目の前のヘイリーの顔を見てそう言った。それはとても甘い時間で、僕はヘイリーの口からも同じ言葉が返ってくるのだと思っていた。けれども、僕にとっては意外なことに、それまでずっとに…

物語のはじまるところ その7

"Wake up. It's already 10am." 羽毛のような柔らかいふわふわとした感触が、鼻先をなでているのを感じて、僕は目を開ける。長い髪を下ろしたヘイリーが、僕の顔を覗き込んでいた、髪の毛が薄絹のカーテンのように揺れ、朝の光を解きほぐして柔らかい綾を作…

物語のはじまるところ その6

ほんの昼過ぎからパーティーが始まったせいで(ギャラリーの近隣との兼ね合いによるらしい)、夕方になる頃には、アリスがベロベロに酔っ払ってしまっていた。彼氏と別れたのが昨日の今日なので、晴らそうとしている憂さがだいぶ深いのか泣いたり笑ったり情…

物語のはじまるところ その5

しばらく、僕の日常はまたのっぺりとしたものに戻っていた。世の中の多くの人がそうであるように、似たような時間に起きて、似たようなことをして一日を過ごし、そして似たような時間に寝る、そういう生活。ストールを早く返さないといけないとは思いつつ、…

物語のはじまるところ その4

「ヘローヘロー」 パーティー当日、カタカナ丸出しの英語であいさつしながら、吉岡がやって来た、ビールだとかワインだとか各種アルコールの入ったビニール袋を提げて、靴を脱ぎ僕の家にどたどたと上がりこむ。 「ようこそ」 ひとことだけ言って吉岡を招き入…

物語のはじまるところ その3

僕がヘイリーと出会ったのは、僕が大学を卒業してすぐのころだった。死んだ両親が残した一軒家の、だだっ広いスペースでのんびり過ごしていたところに、中学時代からの友達だった吉岡が連絡してきたのが、そもそもの始まりだった。 「お前ん家、貸してくれな…

物語のはじまるところ その2

"I'll miss you, フジサン" 東京方面へ向かう新幹線の中で、ヘイリーが車窓から見える富士山に向かってつぶやいた。僕はヘイリーの横顔を見つめる、金色の髪に反射した柔らかい光が、タンポポの種のようにふわふわとその周りを漂っていた。ヘイリーはとても…

物語のはじまるところ その1

むかしむかし、あるところにーー彼女について語ろうとするとき、僕はそんなふうに始めたくなる。全然むかしのことではないけど、まるでそうであるかのように、全然隠すつもりはないけれど、まるで秘密の箱を開けるかのように、僕はそれを語りたくなる。特別…

故郷の番人

"故郷を甘美に思うものはまだ嘴の黄色い未熟者である。あらゆる場所を故郷と感じられるものは、すでにかなりの力を蓄えたものである。だた、全世界を異郷と思うものこそ、完璧な人間である。" ーー聖ヴィクトルのフーゴー 「人は、一生のうちで少なくとも三…

A hermes in a silent town

"Cho-ka (Long Poem)" Flying in the sky, you can see an infinitely elongated line of clouds far away, far above the mountains in a spring day. A bird has a long, long tail; it metamorphoses into the wandering evening star. Spring snows, nev…

ヘルメスの細雪

天飛ぶや 春日の山に 遥かなる 雲居たなびく しだり尾の 山鳥やつす 夕星の か行きかく去き 吾が声を 耳だにかけぬ 春の雪 降り昇りてや 目を閉じる 茜さす 日のことごと ぬばたまの 夜のことごと 月に戯れ 日を欺いて 吾が名を知らで 一つ降り 汝が名も知ら…