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Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

最も純粋な子供達のために その9

 

 

 原玲が最初に取った行動はほとんど姑息な嫌がらせでしかないようなことだった。北川俊介の持ち物を隠すとか食事の中にゴミを入れておくとかそういうことを執拗なまでに繰り返す桐原玲を加藤龍成は困惑気味に観察していた。加藤龍成からすればそれは北川俊介をますます苛立たせるだけで自分への八つ当たりを激化させる迷惑な行為にすぎなかった。

 なにやってんだ。ガキのイジメみたいなことしやがって。

 ある日業を煮やして文句を言った加藤龍成は不機嫌な様子をあらわにしていた。

 まあ見てろ。大丈夫だ。

 桐原玲は鷹揚な言い方で加藤龍成をなだめる。不可解なほどに自信に満ちた桐原玲の態度を見た加藤龍成はそれ以上何も言わずに引き下がった。

 桐原玲が姑息な嫌がらせを繰り返し始めてから一ヶ月が経とうとしていたころにようやく加藤龍成はその意図を理解し効果を実感することになった。夕食の時間に自分の料理にウンコの付いたトイレットペーパーが入っているのを見た北川俊介の苛立ちがとうとう頂点に達し周囲の誰彼かまわず怒鳴り散らし始めた。

 誰だ!つまんねえ嫌がらせ繰り返しやがって。文句があんなら直接来いや!

 周囲の少年達はあぜんとした顔で突然わめきだした北川俊介を見つめていた。北川俊介は血走った目を左右に動かして他の少年達を睨みつけていたが加藤龍成の姿を見てその動きを止めた。

 おい!

 北川俊介が加藤龍成を凝視していた。

 お前だろ!こんなつまんねえことしやがって。

 加藤龍成はその言葉を無視して一切目を合わせなかった。

 ぶっ殺してやる!

 北川俊介は叫び声と共に加藤龍成目がけて飛びかかろうとしたが数名の教官がそれを取り抑える。北川俊介は死ねとかカスとか加藤龍成を罵る言葉を吐き続けていたが教官達は有無も言わさずその体をつかんで別室に引きずって行った。取り巻きの少年達があぜんとしている中で他の少年達はくすくすと侮蔑的な笑いを漏らす。加藤龍成は何かに気付いたような驚きの表情と共に桐原玲を見た。少年達のリーダー格だったはずの北川俊介はもはや誰にも恐れられていなかった。権威を失いだだっ子のように引きずられて行く北川俊介を誰もが嘲笑していた。桐原玲が行った執拗な嫌がらせは北川俊介がまるで周囲から嫌われ孤立しているかのような印象をもたらし他の少年達は次第に北川俊介を見下すようになっていた。北川俊介が発狂したように一人でわめいている姿を見た今となっては誰もが北川俊介を哀れなイジメられっ子としか捉えなかった。

 準備はできた。後は好きなだけ痛めつけてやれ。

 あっけに取られたような顔の加藤龍成に桐原玲が言った。

 おい。いらん私語はするなよ。

 会話に気付いた教官から注意された桐原玲が黙って笑う。その桐原玲に加藤龍成は目配せしてからうなずきで合図を送った。

 

 

 懲罰室から戻って来た北川俊介は病的に見開いた目で他の少年達をにらんで周囲への敵意をむき出しにしていた。触っただけで怒り暴れ出しそうな北川俊介に近づこうとする者はいなかった。

 体育の時間になってグラウンドに出た北川俊介は殺気立った顔のまま準備運動を始める。鼻息は荒く唇を震わせ誰にも聞こえないような小さな声で何度もぶっ殺すと呟いていた。他の少年達はおろか取り巻きだった少年達すら北川俊介には近寄ろうとはしなかった。きっとこの中の誰かが北川俊介から因縁を付けられていざこざが起きるだろうと少年達は噂しながら自分がその誰かになるのは嫌で北川俊介から距離を置いていた。その重苦しい雰囲気を真っ先にぶち壊したのは桐原玲だった。その体育の時間でランニングが始まって早々に北川俊介の横に並んだ桐原玲は教官から見えない所まで走って来たと同時に北川俊介の足を蹴って転ばせる。

 待てや!お前わざとやっただろうが!

 北川俊介が桐原玲の背中に罵声を浴びせながら立ち上がる。北川俊介はもはや怒りを抑えることができなくなっており誰もが気味悪がって近づかないようにしていた桐原玲に対してもお構い無しだった。

 そうだけど。それが何か?

 桐原玲が立ち止まって振り返り馬鹿にしたような態度で笑う。北川俊介は狂ったような怒声を吐きながら桐原玲につかみ掛かり二人はバランスを崩して地面に倒れて転がった。北川俊介が体勢を立て直そうとした瞬間そこに加藤龍成が飛び込んで来てその顔面に強烈な蹴りを入れる。北川俊介の顔が弾け飛ぶようにのけ反り折れた歯が血液と一緒に地面に落ちた。北川俊介はうめき声とともに地面に寝転び仰向けになって顔面を抑え傷口が燃えているかのような激しい痛みに耐えていた。その北川俊介にさらに容赦ない蹴りを浴びせたのは加藤龍成だけではなかった。いつのまにか北川俊介の周囲を他の少年達が取り囲んでおりその中の数人が混乱に便乗して今まで周囲を威圧していた北川俊介に恨みを晴らすかのようにその肉体をいたぶり始めていた。北川俊介は呪いの言葉を絶叫しながらなす術も無く顔面や腹に無数の蹴りを受け続け最後にはとうとう失神してしまった。

 

 

 北川俊介はひどい怪我を負って医療少年院に送致されその後二度と帰ってくることは無かった。医療少年院で治療を受けたあと別の少年院に移されたとかそのまま精神に異常をきたして医療少年院に収容され続けたとか噂されたが桐原玲や加藤龍成を始めとする少年達は真相を知ることは無かったし別に知ろうともしなかった。

 その一件以来少年達の誰もが桐原玲に対して気味の悪さと同時にある種の畏敬の念を抱くようになった。少年達は北川俊介を易々と追い込んで破滅させた桐原玲と関わり合いになるのを今まで以上に避けると同時に北川俊介のようにでしゃばって潰されないよう目立つことも控えるようになった。少年達の小さなもめ事はあっても大きな騒ぎは起きること無くほとんど平穏なまま日々が過ぎて行った。

 ありがとな。お前のおかげでだいぶ楽に過ごせた。

 自分が退院する前日の夜になって加藤龍成は桐原玲にわざわざ礼を言いに来た。桐原玲は何も言わずに肩をすくめて応える。

 ここを出たらもう一回商売の立て直しだ。もう二度とヘタは打たねえ。

 そうか。

 興味あったら俺んとこに買いに来いよ。ここを出た後に。安くするぜ。

 俺はいわゆる薬物には興味ない。悪いけど。

 まあお前は頭良いからな。クスリ使いたがるのはたいてい頭の悪いヤツだ。頭がいいヤツは売る側に回る。依存し始めたら売人の奴隷になるだけだし。

 依存性のあるものは全部嫌いなんだ。たとえ酒やタバコでもな。余計なものに欲求不満を抱いて煩わされたくない。

 なるほど。お前らしい答えだ。

 そういうことだ。

 俺は明日でここを出るけどまた会えたら会おうぜ。

 再會。

 加藤龍成はその台湾語を聞いて笑う。

 なんでお前はそんなにいろんな言葉に興味を持ってるんだ?

 異物を自分の中に取り込みたいからだ。ひとことで言うとな。俺は異物になるんだ。そのためにあらゆる異物を呼び寄せて自分の中に取り込むんだ。

 異物になって何か良いことあんのか?正直よく分かんねえ。

 俺が異物になったら今度はあらゆるものの中に異物を挿入するんだ。異物を挿入されたものはそれまでと同じものであり続けることはできなくなる。あとは変化するか変化に対応できなければ破滅するかだ。それが人であれシステムであれ。

 自分がわざわざそうならなくても外から異物を呼べばいいんじゃないのか?例えシステムならば外から大量の外国人を入れるとか。

 それは一つの支援にはなるだろう。でもシステムというのは吸収できる部分以外は拒絶するんだ。外から入ってくるものはそこに適応するために変形させられざるを得ない。だから内部のものが自ら異物になるのが一番強いんだ。自ら異物化することを選んだために簡単には同化されない。絶えず異物であり続けると同時に絶えず周囲のものを異物に変えていく力を持つんだ。

 そんならお前が言葉にこだわってるのは何か理由があるのか?

 言葉は感染力が強いからだ。すぐに他人の頭に住み着いて口と手を通して広がっていく。それともう一つ。俺は自分の使う言葉を完璧な言語にしたいんだ。

 完璧な言語?

 そう。完璧な言語だ。通常一つの言語は一つの閉じたシステムであり続けようとする。だから人々の思考の表現パターンは画一的になる。そしてその画一的なパターンに閉じこもるために外からのものを上手く吸収できずに排除に回ってしまう。でもその一つの言語の中にあるあらゆる外部の言語を取り込む回路を極限まで広げたとしたら?絶えずその中に異物を取り込み続け一つの言語でありながらしかし同時にあらゆる言語として存在することができたとしたら?その時俺の使う日本語は一つの地域語でありながら同時に一つの世界言語となるだろう。日本語の中にあらゆる種類の言語が同時に存在するんだ。それは完璧な言語という他ない。その言葉の中で生きる人間は絶えず巨大な変化のうねりの中を生きるだろう。その変化のうねりははあまりに巨大なものであるために統御不能だ。その言語はいっさい制御されることなく俺は自由の中を生きることができるだろう。

 ちょっと変わった考えだな。でも俺は一応台湾語とイラン人達と意思疎通できるくらいの英語が話せるんで感覚的には分かるかもしんねえ。この少年院にいる貧相な日本語しか話せねえ連中より遥かに俺は自由だと思う。例え日本語だけを話しているときでも他の言葉と通じてるってことは俺に一定の自由をもたらしてる。

 お前は十分頭が良いよ。そういうものを極限まで拡大してかつ同時に一つの言語の中に濃縮した状態だと考えてもらえばいい。一つの国と一つの言語という定式が崩れる時代にあってその考えは大きな価値を持ち始めるだろう。

 まあお前がここから出てそのうちに会えた時にでもその世界言語とやらを話してくれよ。

 百聞不如一見。

 説得好。

 加藤龍成がそう言ってうなずくと同時に二人は顔を見合わせて笑った。

  

 

最も純粋な子供達のために その10へつづく――