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Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

最も純粋な子供達のために その21

 

 近に迫った裁判を待ちながら拘置所での日々を過ごしている桐原玲の所へ面会に来た白澤明歩はしばらくの待ち時間の後で面会室へ通され透明のアクリル板の前に置かれた椅子に腰かけた。やがて仕切りの向こうでドアが開いてその奥から桐原玲が姿を現す。やつれた顔をしていたがその目には健常な光が宿っており白澤明歩の前に座ると笑顔を見せた。

 元気か?

 桐原玲は伏し目がちになっている白澤明歩を気遣うように柔らかい調子で訊いたが白澤明歩はしばらく黙ったまま考え込むようにうつむいていた。

 ……やっぱりあなたはこんなことをすべきじゃなかった。

 白澤明歩は目に涙を浮かべていた。今度は桐原玲が黙り込む。

 こんなにたくさんの人が酷い殺され方をするなんて。それはどんな理由による正当化も超えて絶対に肯定されない行為だと思う。

 俺は肯定したよ。そもそも理由と行為の間には絶対に越えられない断絶がある。それにたくさんの人間が無意味で不条理に死んでいくというのは例えば戦争や災害では当たり前のことだ。俺は自分の能動的な意志によってそれを行いこの世のあらゆるものが人間の意味付けを超えているということを示したんだ。

 それでいったい何ができるっていうの?結局たくさんのものが失われただけ。犠牲になった人々の命も人生もそうだし玲も私もあまりに多くのものを失うことになる。この世界の全てを破壊したいっていうあなたの思想は結局子供じみたヒステリー以上の何ものでもなかったのよ。

 そう言い放った白澤明歩の顔には怒りがにじみ出ていた。桐原玲は大きくため息をつく。

 ただそれだけが俺にとっての手段だった。

 白澤明歩は首を横に振ってから立ち上がる。

 もうこれ以上話すことはない。じゃあね。

 そう言って部屋を出て行こうとする白澤明歩を桐原玲が呼び止めた。

 明歩。一つだけあれから考えたことがあるんだ。

 何?

 白澤明歩は振り返らずにそれを聞いていた。

 俺はずっと明歩と一緒にいようとしたけどそれはやっぱり意味のあることだったんだ。

 今さら遅いよ。もうすぐ二度と会えなくなる。

 それは仕方ない。でも言わせてくれ。

 白澤明歩がうなずく。

 全てを否定するためには一人にならなければならない。でも新しい何かを始めるためには二人にならなければならないんだ。つまり自分ではない別の誰かを求める意志だけが全く新しい何かを創造することを可能にするんだ。俺はもっと早くそのことに気付くべきだった。明歩。お前の言う通りだよ。この世の全てを消し去りたいという衝動はそれだけでは子供じみたヒステリーと大差ない。もちろん俺はそんなことは理解してた。でもそれが行為として現前したとき俺が持っていたのは破壊的意志だけでそこに創造的意志はなかった。俺はどこまでも孤独になろうという意志を持ちながらもしかし同時に二人でいようという強い意志を持ち続けるべきだった。

 桐原玲に背を向けたままその言葉を聞いていた白澤明歩は堰を切ったように泣きだした。

 明歩。無責任な言い方ですまない。でもお前は大丈夫だ。これから何があってもきっと大丈夫だ。

 桐原玲が微笑みを浮かべて言う。

 ……さよなら。

 白澤明歩は一瞬だけ桐原玲の顔を見てからそう言い残して面会室を出て行った。

  

 

最も純粋な子供達のために その22へつづく――