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Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

君の代わりに その19

 

 れから、僕は「彼女」からの連絡を待っていたが、そんなそぶりすらない。もう会うこともない、という「彼女」の言葉は、予測ではなく、決心だったようだ。

 僕はまた、これまでの生活に戻る。幸い、予想に反して、今までより依頼が安定的に入るようにはなってきている、というか、今までが不安定すぎたのだが。僕も徐々にこなれてきて、より短時間で、よりそれらしい言葉を代筆できるようになっていく。それはとにかく味気ないものだったが、少なくとも、人が求めるものを提供できるようになっていることには違いなかった。

 何度か「彼女」のことを考える、どうして「彼女」は、僕にもう二度と会わないことにしたのだろう、唯一、言葉を使って通じ合える僕と会わないということは、言葉をもはや捨ててしまったということなのだろうか。あるいは、自力で何とかする? ならば僕は用済みということになる、その場合、もはや「彼女」は僕について何の期待も抱いていないことになる。結局、僕には打つ手が無い、僕は待つしか無いのだ、全くの気まぐれのように、「彼女」から、あっけらかんとした返事が届くのを。

 

 

 そのまま日々は過ぎていった、「彼女」のことが、徐々に幻だったようにしか思えなくなる、それと入れ替わるように、また僕は、未練がましく別れた恋人のことを思い出したりする。雲の海から顔を出すように日常の外へ出ていた僕は、再び地上へ沈み、頭の中に、まるでリバウンドのように、遠ざかっていた日常のことまでが侵食してくる、過去の仕事、ユミのこと、さらには学生時代のことまで。

 僕はできるだけ仕事に没頭するようにした、広告をうってみたり、ブログを書いて宣伝したり、とにかく暇な時間を無くして、頭の中をかき乱す、僕の日常だったものを追い出すように走りまわる。広告なんかは採算が合わない部分もあるのだが、金よりも仕事が増えて欲しかった。何だか、ひどくムダで不毛なことをやっている気がする、それでも、僕はそうせざるを得ない。

 そんな僕のところに、一つの依頼が舞い込む。よくある依頼だった、もうすぐ結婚する三十歳手前くらいの男からで、新婦に宛てた手紙を結婚式で読みたいのだが、なにぶん文才など微塵もないので、どうにか良いものを代筆して欲しいというやつだ。僕はもちろん、何の気もなしにその依頼を受ける、いつのもように、適当にヒアリングをして、その内容を感動的な手紙に仕立てていく、慣れてしまった僕にとっては、ほとんどルーチンワークになっていた。それぞれの思い入れを、決まったパターンに当てはめて、決まったストーリーの構造で語るのだ、人はほとんど機械のように感動し、涙を流す。僕のクライアントが結婚して幸せになるのは結構なことだし、それを否定するつもりなどないが、僕にとって、この仕事は、僕自身を人間的な共感や感動から遠ざけつつある。

 直接会いたいというので、僕は待ち合わせのために、指定されたスタバへ行った。そこで僕を出迎えた彼は、いかにも誠実そうなサラリーマンという雰囲気で、さわやかな容姿に嫌味のない笑顔、パンフレットにでも載せるような、今から結婚する幸せそうな男性の典型を探すとしたら、まさしくこういう人が選ばれるのだろうという感じだ。

 「初めまして、今日はお時間いただいて、ありがとうございます」

 出会うなり、彼は頭を下げてそう言った。彼が僕の客なのに、まるで僕が彼の客であるかのように扱われて、面食らう。

 「あ、いえ、どうも。ご結婚おめでとうございます」

 なんだか恐縮して、僕は気持ち彼より深めに頭を下げた。まるで社会人時代に戻ったかのような儀礼的なあいさつに、むずがゆい感じがおさまらない。

 僕と彼は、向かいあわせで席に着く、ぎこちない僕と対照的に、彼はその場の緊張を上手くほぐしながら、自分のことや結婚相手のことについて話を始める。中堅メーカーで営業の仕事をしているらしく、初対面の相手と打ち解けるのはお手のものといったところだろうか、見事なものだった、僕は適当に相槌をうったり、聞かれたことに手短に答えるだけでいい、それだけで、円滑に会話が進んでいくのだ。これだけ喋れるのなら、スピーチくらいお手のものなのではないかと思うのだが、どうもそういう、しっかりと構成を組み立ててまとまったスピーチをするのは苦手らしかった。僕と正反対というような気もする、僕はそういうスピーチを練るのは得意だが、こんなふうに喋れないし、人付き合いも上手くない、空気を読むのもおっくうだし、他人に見せる笑顔も、どこか無理をしているような部分が残ってしまう。彼はきっと僕とは全く違う人生を歩んできたのだろう、付き合う人間の種類も違うだろうし、考えてることも、日常の行動パターンも、何もかも違う、僕の目の前にいるのは、そういう人間だった。毎度のことながら、依頼を受ける瞬間は、こんな僕が相手の言葉を代弁することなど可能なのだろうかという疑いでいっぱいになる、それはもう、身動きできなくなってしまいそうなほどに。

 やがて、話は本題に入る、彼がスピーチに込めたい思いや、なれそめから印象的なエピソードまでヒアリングしていく、唯一、この会話の中で僕が主導権を握る瞬間だった。ただし、僕は僕の色を出して喋ろうなどとはしない、あくまで事務的に、必要な情報を、ルーチンワークとして聞き出していく。僕はICレコーダーを横に置き、いちおうメモを取りながら、話を聞き、構成を練っていく。どういうふうに始めて、どういうふうに盛り上げ、そして感動的なラストへ結んでいくのか、多少のユーモア、ドラマ、そしてカタルシスのような涙。書き慣れた僕からは使い回しのように見えるストーリーも、彼のような人々からは必要とされている、だから僕はそれを示すのだ、人は、こうやって、幸せになっていくのだと。でも、この仕事をする度、僕は僕の空虚に気づかざるを得ない、繰り返し、繰り返し、それを自覚するのだ。僕は、そういうストーリーを拒否してしまった。あるいは、同時に、「彼女」のことを思い出す、「彼女」は、そもそもそういうストーリーの線上にはいない人だった、どこか、はずれてしまった場所を、とぼとぼと一人で歩いている。僕は僕のために何かを書くことができない、何を書いて良いのか分からないのだ、そして、たぶん、「彼女」のために何かを示すこともできなかった、僕と「彼女」は、彼らのストーリーの外側を、二人ともぽつんとしたまま、寄り合いもせず、歩いているだけなのだ。ただ少なくとも、僕は彼らのために書くことはできる、彼らの代わりに、彼らが必要としているものを、提供することができる。

 話を聞き終わった僕は、ふとした気の迷いとでも言うべきか、彼の結婚相手のことについて質問してしまった。半年前に、営業先で出会い、アプローチして口説いたその女性のことを、彼はとても好きらしかった。

 「美人だし、性格もいいし、ホント、僕にはもったいないくらいです」

 彼はあの嫌味のない笑顔でそう言う、他人の嫉妬を招きそうな言葉も、彼の人柄のせいか、素直に祝福したい気分にさせる力があった。たとえ結婚制度を批判する人たちでさえ、まあ、こういうふうに幸せになる人がいくらかいても良いのだと思うだろう。

 「あ、これ、写メなんですけど」

 街で撮った面白い写真でも見せるような気軽さで、彼が僕に、結婚相手の写真を表示したスマホをさし出してくる。僕は何も言わない、その写真を見た瞬間、僕の顔色は変わってしまう、驚きのあまり何の言葉も出てこなかった、僕の気持ちは確かに彼を祝福していた、だが、その結婚を、二人の結びつきを、僕の頭は素直に受け入れようとしていなかった。

 「……お名前、何ていうんですか」

 僕はしぼりだすような調子で質問する。僕のぎこちなさなど、気づく様子もなく、彼は屈託ない笑顔を見せている。

 「ユミです」

 そうですか、と僕はうなずく。聞くまでもなかった、僕は、この女性のことをよく知っているのだから。ユミ、僕の別れた恋人、まだ僕の心の片隅にいて、ときおり僕の脳裏をかすめるその笑顔。ときどき、世の中では嘘のような偶然が起こる。良い偶然もあれば、悪い偶然もある、ただ、僕には、はたしてこの偶然が、僕にとって良いものなのか悪いものなのか、見当もつかなかった。

 

 

君の代わりに その20へつづく――