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Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

君の代わりに その23

 

 とユミのための原稿を書き終えたあと、僕にはとくに急いでやるべき仕事もなかったので、数日の間ぼうっとした生活を送っていた。全てが終わったあとで、考えるべきことなど何もない。抜け殻のような僕の頭に、湧き上がる気泡のようにぽつぽつと浮かぶのは、唯一、「彼女」のことだった。

 「彼女」はいったい、どこで何をしているのだろうか。言葉を、取り戻すことができたのだろうか、いや、たぶん、今もまだ、同じ状態のままだろう。ずっと、何だか「彼女」に悪いことをしたような気がしてやまない。頭の中から言葉が消え去った状態を何とかして欲しいということで僕の所に来たのに、結局僕は何にもできなかった。それどころか、最後にはよけいにに悪化してしまった。それは、決して僕のせいというわけではなかったのだが、何か、ちょっとでも「彼女」の助けになることができたのではないかという考えが、頭から離れない。「彼女」は、もはや完全にあきらめて自暴自棄になったとでもいうように、僕の目の前から消えてしまった。可能性がなくなっていることを確認するために京都に残る、と「彼女」は言った、それはつまりその時点で、僕ができることの可能性もとっくにゼロになっている、と「彼女」が考えていたということだ。何だかうまく説明できないが、とても悲しい気分になってくる。僕のクライアントの中で、本当の意味で僕の助けを必要としていたのは、「彼女」だけだったからだ。その「彼女」に、僕は何もしてやれなかった、僕は「彼女」の代わりにならなければいけなかったのに、僕はそうすることはできなかった。そんなことは不可能だという事実に対して、僕はあまりに素直すぎたのではないだろうか。僕がもし、もっとバカで、それが可能だと本気で信じていれば、そういう人間にしかできないような、成功とも失敗ともつかないような、飛躍が実現したかもしれない。「彼女」と自分との間の距離について考えるときに、僕はあまりに素直に賢くなりすぎたのだ、その埋められない溝を理解してしまっているせいで、僕は「彼女」から本気で言葉を取り出そうと試みることができていなかったんじゃないだろうか。ある種の賢さは、物事を不可能にしてしまう害悪になる。そういう意味で、僕は結局バカだったのかもしれない。

 そして、僕にはどうも、自分の中でだけ物事を完結させようとしすぎていたきらいがある。普通の仕事の依頼ならば、それでもいい、そういう仕事は、方法論でなんとかなるからだ。他人の求めるものを、上手く現実にしていく、その作業は、単に相手が持ってきたパーツに、構造を、ストーリーを与えてやるだけでよかった。僕は他人の奥深くまでのぞき見る必要はない、目の前のふろしきに広げられたものを、同じく目の前で並び替えるだけ。関係性というものすら必要としない、インスタントに言葉を積み上げるだけでいい、それだけのサービス業だ。

 しかし、「彼女」に関してだけは、そうすべきではなかった、それ以上のことをする必要があった。僕は僕の中という安全な場所から、一歩も二歩も、「彼女」の方へ出て行くべきだったのかもしれない。僕と「彼女」の間の距離は、結果的に僕を守る盾になってしまう、「彼女」を観察対象とした時点で、僕は僕に備え付けられた言葉でしか「彼女」を語ることはできないし、「彼女」の代わりに僕が語ることなど夢のまた夢だ。「彼女」として日記を書くため必要なことは、「彼女」を理解することではない、それはたぶん、「彼女」の言葉や身体の動きについて、その流れのようなものをとらえ、その流れに沿って、書くことだった。つまり、理解によって作り上げられた「彼女」の彫像みたいなものに語らせるのは、まったく間違った試みだったと言わざるをえない。本当はそこに僕はいないし、僕の作り出した「彼女」もいない、ただ、流れだけがある。僕はそんなことを、ユミに向けて書く彼になろうとする作業の中で、見いだしていった。僕は彼のことなど一度会っただけでほとんど知らなかったから、彼の言葉を生み出すのに、彼を理解するという手段は使えなかった。ICレコーダーとメモに表れた、彼の語り方の流れのような物を、見つける以外にはなかったのだ。そうすることで、僕はようやく自分自身と、彼の虚像を消し去ることができた。ある意味で、他人について理解するというのは、他人について語るための手段として、最悪の部類の一つに入るだろう。理解というのは、しょせん、自分の中だけで完結した世界観でしかない。

 

 

 僕は、徐々に「彼女」に会いたくなっていった。ほとんど衝動に近いものが、僕の背中を突き飛ばさんばかりに押してくる。情けないくらいに、いてもたってもいられない。

 京都から帰ってきたすぐあとに、「彼女」の代わりに書いた日記のデータを送信したことはある、でも、「彼女」からは何の返事もない。元気? とか、最近どう? みたいなノリのメールを送ってみたが、やっぱり返事はない。まるで、フラれた女とヨリを戻そうとする男みたいな気分だなと思いながら、僕はメールの受信フォルダをチェックする。

 このまま待っていても、「彼女」に会えそうにはない。ならば、「彼女」に会いに行くしかない。とはいえ、住所など分からない、可能性として僕に残されているのは、僕が初めて「彼女」に会ったカフェに通うことくらいだった。僕が唯一知っている「彼女」の生活圏だ。そこで、「彼女」がふらりと現れるのを待つ。

 僕は、足しげくそのカフェに通う、あの時座った席に座り、そこでただぼうっとしてコーヒーを飲んだり、ノートパソコンを広げて仕事をしたりする。すぐに店員にも顔を覚えられてしまい、ちょっと気恥ずかしいとも思ったのだが、それもすぐに慣れた。

 そのまま一ヶ月ほど経つ、だけど、「彼女」は現れなかった。顔見知りになった店員に、黒づくめで何も喋らない女性が来てないか、それとなく尋ねてみるが、最近は全然見ない、という答えが返ってくる。

 このまま待っていても、埒があかなそうなので、僕はまた、別の手段を考える。カフェに通うことは止めなかったが、さらに、定期的に「彼女」にメールを送ることにした。ちょっとした内容のものだったり、「彼女」のではなくて僕自身の日記のようなものだったり、思いついたり気が向いたりするときに、なんでもない感じで送ってみる。アマテラスを引っ張り出そうとするアメノウズメのように、ときには滑稽にふるまったりする。

 それでも「彼女」は現れない、返事もない、そのままさらに一ヶ月が経つ。僕はまた、別のことを始める。今度は、僕が書いた「彼女」の日記をリライトしてみる。京都での出来事や、「彼女」のしぐさや言葉を思い出しながら、日記を書きなおしたり、書き加えたり、今まで書いていなかった別の一日について日記を書いてみたりする。いいのができたら「彼女」に送る、どうだろう? とか聞いてみたり。もっとも、まず返事などもらえなかったが。

 

 君の代わりに 最終回へつづく――