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Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

物語のはじまるところ その5

 ばらく、僕の日常はまたのっぺりとしたものに戻っていた。世の中の多くの人がそうであるように、似たような時間に起きて、似たようなことをして一日を過ごし、そして似たような時間に寝る、そういう生活。ストールを早く返さないといけないとは思いつつ、僕は全くヘイリーに連絡する勇気を出せずにいた、そしてなお悪いことに、こういうのはためらえばためらうほど、実行できなくなっていくものなのだ。さっさと返して楽な気分になりたかったけれども、本棚の裏側に落ちていたとか言い訳しながらそれを渡した時に、ヘイリーは僕に感謝の言葉を言うだろう、僕はその言葉を、しらじらしい顔をして受け止めることができそうになかった。かといって、また君に会えるかどうかわからなかったから、衝動的に隠してしまった、なんて正直に言えるわけもない。ストールを隠してしまったことも、今ここで悩んでいることも、僕の愚かさゆえなのだが、前にも後ろにも進めなくなっている。

 事態を動かしたのは、僕ではなくヘイリーの方だった。交換した連絡先にメッセージが届いて、友達の芸大生が作品展をやるので、一緒に観に行かないかという誘いが来たのだ。もちろん僕の方からすれば、それは願ってもない話だった、なんとか理由をつけてもう一度会いたいと思っていたわけだし、後ろめたさでどうにも一歩を踏み出せずにいたところに、そういう僥倖が訪れた。僕はなんだかヘイリーから許しがもらえたような気になってくる。これでストールを返しやすくなったような気がしていた、出かける時に偶然見つけたとか言って、待ち合わせのタイミングでぽんと手渡してしまえばいい、事前に連絡すると、あれこれ説明して、怪しまれるようなことを口走ってしまうかもしれない、そうならないように、自然な流れでそのまま作品展に向かってしまおう、僕はそんなことを考える。罪悪感はもちろん消えないが、何より返すことが第一だ。そう考えるとだいぶ気が楽になってしまって、僕はすぐにクローゼットへ向かうと、忘れないようにカバンに入れておくために、ずっとしまったままにしていたストールを取り出す。青色の色彩の鮮やかさと共に、移り香が漂う、そのストールには、本当に魔法がかかっているような気がした、その色彩と香りによって、僕は見たこともないヘイリーの故郷の生き生きとした姿を、まぶたの裏に感じることができた、それはもちろん僕の想像によるものだったが、そんなことを忘れてしまうくらいの強い印象に包み込まれてしまう。海の向こうに漂うヘイリーの故郷と過去が、僕を包み込む。

 

 五分くらい早く待ち合わせの場所に行ったのだけれども、すでにヘイリーはそこにいて、僕の姿を遠くから目ざとく見つけて手を振ってくれた。

 「ちょっと早めに来てたの?」

 「うん。日本人には時間に正確な人が多いから、ちょっと早めに来るかなって思った」

 「外国人はそうじゃないの?」

 「少なくとも、私が今まで知り合った友達はだいたいみんな十分から十五分くらい遅れて来る」

 「電車みたいだね。日本の電車は、世界的に見てもとことん時間に几帳面だって聞いたことがある」

 僕がそう言うとヘイリーはくすりと笑う。

 「良いことじゃない」

 「みんながみんな几帳面に生きてると、ちょっと窮屈だけど」

 「どっちが良いかな……。もう一人来る予定だけど、たぶん”ガイジン”時間で遅れてくると思う」

 僕はそこでなんとなく、ヘイリーたちが「ガイジン」という言葉を使うとき、そこには何か、日本で自分たちが置かれている立場を冗談めかすようなニュアンスがこもっていることに気づく。

 「その芸大生の友達?」

 「ううん、彼女はギャラリーにいる。アリス、この前会ったでしょ、台湾人の女の子」

 「ああ、あのコなんだ」

 そういえば、アリスは一風個性的なアレンジの黒いロリータファッションに身を包んでいたし、そういうことをしていると言われても違和感はない。

 「そう。アリスは日本のマンガやアニメが好きで、そういう感じのアートがやりたくて日本に来たんだって。ちなみに生まれてから十歳まではアメリカ暮らしで、それから台湾に戻ったから、英語も”ペラペラ”なの」

 へえ、と言っただけで、僕は何か言葉を返すことをしなかった。自分の身の回りの知り合いといったら、だいたい地元に残るかせいぜい就職や大学で東京に行ったりするくらいで、僕の感覚からすると移動のスケールが段違いすぎる話だった、あのニャンニャン言ってる姿からは想像もできない人生を歩んできたらしい。

 「へえ、でしょ」

 いたずらっぽく、ヘイリーが僕の返しをまねするような言い方をする。

 「『へえ』って、何か変な言い方だったかな」

 「ううん、別に。日本人はけっこうみんなやってるけど、何か考えてる風で次の言葉を用意しようとしてない感じ」

 「ああ」

 確かにその通りだ。ヘイリーと話していると、僕が普段あたりまえのようにやっていることが、どうもあたりまえじゃなくなってしまう。

 しばらく会話しながら、僕は頭の片隅でストールを返すタイミングをうかがっていた、もう一人誰か来るのなら、ちょっと言い出しにくくなるかもしれない。

 「そういえば……」

 あまり引き延ばせないので、僕はちょっと不自然かもしれないと思えるタイミングで切り出す。

 「あ」

 僕の言葉がヘイリーの耳に届くより早く、彼女が僕の背後に視線をやって声を上げる。振り向くと、そこにはジェイムズが立っていて、僕ら二人を見下ろしていた。

 「やあ、この間はありがとう」

 英語でヘイリーと少し会話したあと、ジェイムズは僕に笑顔を見せて言う。

 「いや、こちらこそ」

 僕はジェイムズとぽつぽつ会話をしながら、その登場で返すに返せなくなったストールの入ったカバンに無意識に手をやっていた、別に彼の存在があるからといって返せなくなるなんてことはないはずなのだが、今日はずっとそれを隠しておかなければならないという気になってしまった。まるで、そのストールのことは、僕とヘイリーとの間だけの秘め事にしておかなければならないのだとでもいうように。僕は、カバンの中に広がる遥か遠くの青空のことを思った。

 

 パーティーのときほど、ではなかったが、アリスはやっぱりヘイリーに抱きついて、猫みたいな声を出しながらギャラリーに着いた僕らを、というよりヘイリーを歓迎してくれた。アリスはヘイリーとジェイムズと英語で何かを話しながらも、おもむろに僕を見つけて、ヘイリーの陰に隠れるようにしながら"Hello"と小声で言ってこちらに手を振る。どうやら、しらふだとだいぶ人見知りな性格らしい。

 作品展は学生のグループ展で、オープン初日ということもあって、出展者それぞれの知り合いらしき人々でごった返している。アリスの出展スペースには、アニメ絵の美少女キャラクターがゴシックロリータの衣装に身を包み、その周りをキッチュで過剰な装飾が覆っている作品が数点並べてあった、ちなみにそれぞれのキャラクターにはネコミミが付いている。こういう作品は人目を惹きやすいのか、比較的多くの人がアリスの絵を観察している。アリスとジェイムズが誰か共通の知り合いらしき人に出会って話を始めたので、僕はヘイリーと並んでしばらくアリスの絵を観る。

 「アリスの頭の中っていう感じで面白い」

 ヘイリーはにこにこしながら、アリスのポップでゴシックな感じの絵を眺めていた。

 「これは葛飾北斎かな……」

 僕はその作品の一つで、顔の半分がドクロになった少女が大量のヨダレを垂らしている絵をみながら、ぽつりと呟く。

 「北斎?」

 ヘイリーが僕の呟きを聞いたみたいで、こっちを見る。

 「このヨダレの描き方は、北斎の滝の引用だと思う」

 「引用?」

 「ええと、つまり、その絵の描き方をわざと真似してるってこと」

 "Uh huh, OK, I see."

 ヘイリーは急に英語になって、相槌を打つ。

 「この顔のドクロは歌川国芳かな」

 僕はアリスの絵の中に、様々な日本画の引用が描かれているのに気づいて、それを読み解いていく。

 「アートに詳しいのね」

 「いや、大学生のときになんだか興味本位で、図書館にあったいろんな画集をぱらぱらとめくって眺めたことがあるから、いろんな絵を知ってるっていうだけだよ。詳しい歴史とか理屈とか、そういうことは知らない」

 「私は全然知らないけど……Oh, this is so cute!」

 会話の途中で、ヘイリーが一つの絵に目を留めてそう言った。それはいかにもアリスらしい、同じ歌川国芳の『猫飼好五十三疋』を引用したと思われる作品で、五十三人のネコミミをつけた美少女キャラクターたちが思い思いのことをしている姿を描いているものだった。

 「これも日本の昔の絵の引用?」

 「そうだと思う」

 「昔から、日本人もずいぶん独特のスタイルで絵を描いてたみたいね」

 僕はすぐには返事をせず、目の前の浮世絵とアニメ絵がオーバーラップしているアリスの作品を眺めていた。ヘイリーの「日本人」という言葉には、僕がその一部分であるかのようなニュアンスがこもっていたが、僕の感覚では、そうではないような気がする。実際には、ヘイリーがこういう「日本的」な絵を観るのと同じ距離感で、僕はアリスの絵を観ているように思う。昔から僕はそういう人間だった、自分が帰属させられているものを、みんながそうするように内側から眺めるのではなく、あたかも外側に立っているかのように眺めているのだ。僕は安易に、自分がどこかに属しているという感覚を持つことができなかった。といっても、そこに疎外感や、あるいは反対に拒否感なんていうものは全くない、ただ単に、どこかに属しているという感覚それ自体が、僕にとっては奇妙なものでしかなかっただけのことだ。あるいは、例えば日本というものならそれは、日本というものへ向かって都合の良い断片的な素材を統合することで表象したものにすぎないし、その根底には何も無いという事実を、僕はいささか身も蓋もなく受け入れすぎるのだろうか。だから僕からすれば、「日本」というキーワードで切り出される表現の全ては、誰がいかなる手段を用いたとしても、ほんの戯れにしか見えないのも事実だった。いずれにせよ、僕はいつでも何かに帰属させられているのだが、僕自身はどこへ行っても異物であり、よそ者だという感覚の中で生きている。

 「そうみたいだね」

 僕は、赤の他人の様子にコメントする口調でそう言った。なんだかごちゃごちゃと考えてしまったけれども、この絵自体はなかなかハチャメチャで楽しそうな感じじゃないかと思いながら。

 

 作品展が終わると、ギャラリーはそのままパーティー会場になった。またパーティーか、と思いながらも、僕は誘われるままそこに残る。この間のホームパーティーとは違って、今度は吉岡とかが好みそうな、DJが音楽を鳴らすようなやつで、バーテンのバイトをしているらしい出展者の知り合いがカクテルを作ってみんなに配りワイワイやり始めていた。天井には、出展者の一人が作ったらしい地球儀を模したミラーボールが掛けられ、くるくる回っている。普段は飲み会なんかも避けている僕のような人間からすれば、立て続けにこんなイベントに巻き込まれるというのは、ずいぶんな出来事だ。さいわい派手でうるさい音楽ではなく、穏やかなエレクロニック・ミュージックが控えめな音量でかかる会場では、音楽を聴きながらゆらゆらと体を揺らしている人もいたが、お酒を飲みながら会話をしている人もけっこういる。僕らはしばらく四人で喋っていたが、そのうち、ジェイムズがヘイリーに踊ろうと誘いをかける。ヘイリーはおどけて首をかしげたりしていたが、結局みんなが集まっている会場の真ん中へと移動して、二人で音楽に合わせて揺れるように踊り始めた。僕はなんだかジェイムズにヘイリーを取られたような気分になる、取られたという感覚はもちろんおかしいし、強い嫉妬とは違うものだったが、僕はストールの入ったカバンを無意識に触りながら、その二人の様子を見つめてしまう。

 「パーティー、苦手?」

 唐突に、横にいたアリスが、ヘイリーやジェイムズに比べると決して上手いとは言えない日本語で話しかけてきてくれた。

 「うん、まあ。今までこういうのに参加することがなかったし。もともとそういうタイプでもないし」

 普段は人見知りな感じのアリスに、もしかしたら気まずい思いをさせているかもしれないと思い、僕はできるだけ何気ない雰囲気を出しながら答える。

 「分かる。でも、みんなそんなに得意じゃないよ。お酒とか音楽は、そういうのをごまかすためにある」

 ヘイリーと一緒にいるときはふにゃふにゃ喋っているアリスが意外に冷静で鋭いことを言ったので、僕は多少面食らいながらうなずく。

 「みんな苦手。それなら、どうして、こういうことをするのかな」

 アリスが日本語を聞き取りやすいように、できるだけゆっくりと、言葉の並びがはっきりするような言い方をした。

 「ほとんどのみんなは、やっぱり寂しいから。でも、いろんな人に会うっていうのも、大事なことでしょ。普段は一人でもいい。でも、ずっとそうだと、自分の世界が汚れてしまう。一人でいても、ホントはいろんな人に会うことができる人じゃないと、一人でいる、そのことの価値は低くなります。一人でいることしかできない人の世界は、美しくなりません」

 日本語を学校で勉強したときのクセが出たのか、アリスは急に敬語になった。精神的に幼いと思っていたアリスがしっかりと自分の考えを話すので、僕は思わずうんうんと少し過剰にあいづちを打つ。

 「そうだね。いろんな人に会うのって難しいけど。僕は今までずっと、似たような種類の人に囲まれてきたから、正直飽きてしまっているんだ。僕が人生で会える人たちっていうのは、だいたいパターン化してしまってる。本当に”いろんな”人に会うっていうのは、僕の今までの人生だと、本当に難しいことだった」

 僕の日本語が完全には理解できなかったのか、アリスは特に言葉を返さずにうなずく。そして一瞬黙ると、思い出したように自分のカバンを開けて、そこから錠剤を取り出した。

 「実は、昨日彼氏と別れた」

 そう言って、アリスはカップに入ったカクテルで、その錠剤を飲み込んだ。僕はどういうことか分からず、視線を上に向けて考える。

 「"relationships"には、女性の方が心配することが多い。でも、女性のほうがそれを求めるように、させられてる」

 そう言って、アリスは感情をごまかすような笑いをもらす。そこで僕は、その錠剤がモーニングアフターピルであることに気づいた。彼氏と別れ際にセックスをしたのか、それとも別れた腹いせに他の男と寝てしまったのか、どういうことなのかは分からなかったが、僕が最初に抱いたイメージをどんどんぶっ壊すような姿を見せるアリスにますます面食らってしまう。

 会話が途切れて、僕はつい、再びヘイリーの姿を目で追う。さっきまでリズムに合わせて体を揺らすだけだった二人は、いつの間にか社交ダンスをアレンジしたような踊りをアドリブでやって楽しそうにしている。置いてけぼりになったような気分になりながら、僕はヘイリーにはどんなふうに見えているんだろうと思う。

 「気になる? ヘイリーのこと」

 ピーマンを食べさせられている子供みたいな渋い顔でアリスはカクテルをあおって錠剤を胃に押し込みながら、僕の顔を見る。見え見えなのかと思うと気恥ずかしくて、僕は言葉も出さずにうなずいた。

 「心配しなくても大丈夫」

 「大丈夫?」

 「ジェイムズはね、ゲイだから」

 「……え?」

 僕のリアクションを見たアリスは、一瞬目を細める。

 「そういえば日本は、そういうことオープンにしないですね」

 こっちからすれば、そういうのをこんなにあっさりオープンにすることに驚いたのだが、僕は混乱しながら、じっとジェイムズを見る。彼がゲイだとか、そんなふうに思ってもみなかったし、言葉遣いも立ち振る舞いも、いたって女性的なそぶりはなかった。僕は身の回りでゲイだということをオープンにしている人間に会ったことはなかったので、ただ当惑するだけで、どんなふうにジェイムズをみていいのか分からない。恥ずかしながらその時の僕の頭の中にあったゲイのイメージというのは、テレビ番組に出て女性的な言葉遣いやしぐさをしているオネエと呼ばれる人たちだったのだが、アリスの言う通りなら、世の中のゲイというのは、そんな人たちばかりではなさそうだ。あまり良くないことだとは思ったが、僕はどうしてもまじまじとジェイムズを観察してしまう、いかにも好青年という感じで、女性からもてそうなタイプなのだが、言われてみれば、踊りながらヘイリーを見つめる視線の中には、性愛めいたものはなく、ただただ親愛の情がこもっているようにも思える。

 「そうだね、オープンにしない」

 「ゲイの人、イヤだと思う?」

 「いや、そうじゃなくて。ゲイだっていう人に会ったのは初めてだから、驚いたんだ」

 「どうして驚くの?」

 「どうしてって……」

 まあ確かに、驚くほうがおかしいのが本当なのだが、こちとらそういう人々の存在がそれとなく無視されている社会で今の今まで生きてきた人間なのだ。

 「ジェイムズのこと、変な人だと思う?」

 「いや、そんなことないよ。良かったと思う」

 「良かった?」

 「ヘイリーを取り合わなくていいから。ジェイムズは良いヤツだし、仲良くしたいと思ってた」

 「良かったね」

 アリスはまた幼い子供みたいな笑顔になって、カップに残ったカクテルを飲みほす。

 「僕はジェイムズみたいにモテる感じじゃないから。彼がヘテロセクシャルだったら、確実に負けてる」

 「そうですか? 白人よりアジアの人のほうが魅力がないと思ってるなら、良くない考えですよ」

 「……ああ、まあそうだね」

 それを抜きにしてもジェイムズのほうが魅力がありそうだったが、自分の中にそう思っている部分があったのは否定できないので、曖昧な返事しか出てこない。

 「でもね、ヘイリーはあなたのこと、ちょっとくらいは気になってると思う」

 「そうかな」

 「あなたって、寂しさから自由な気がする」

 「どういうこと?」

 「あんまり寂しいって思わないでしょ。寂しさがあっても、そういう感情に流されないっていうか」

 あまり面と向かってそういう指摘を受けたことがないので、僕はただただ首をかしげる。

 「うーん……まあ、どうでもいい他人から受け入れてもらって寂しさをごまかすよりは、いっそとことん独りになるほうがいいって思うけど」

 「ほとんどの人は、そんなふうに思えないよ。やっぱり、あなたはちょっと変わってる。だいたいの人は、寂しさをごまかすか、隠そうとするだけ」

 なんで急にアリスはそんなことを言い出したのだろうかと思いながら、僕はカクテルを飲み込んだ。

 「ヘイリーは、とても強い寂しさを持ってる人だよ」ぽつりと言って、アリスはヘイリーを見た。「でも別にごまかさないし、それはきっと、どうでもいい他人といくら一緒にいても、どうにもならない寂しさなの」

 「そういう寂しさは、誰にでもあるんじゃないかな」

 と言いつつ、僕はアリスの言うように、それがいったいどういう理由から来るものなのか分からないが、ヘイリーが何か他人とは違うものを抱えていて、それが彼女に強い孤独を与えているように見えるのは確かだと思った。ヘイリーが僕に対して、遥か遠くから物事を見ている感じだと言ったが、ヘイリーもまた、他人から遠く離れた場所から物事を見ている人間に見える。

 「そうかもしれない、けど、たぶん、ごまかすことができないくらい、深い寂しさなの。ヘイリーは、何か重たいものを隠してるように見える。だから、寂しさから自由なあなたに、興味あるんじゃないですか」

 僕のそういう感じに興味を持つ人間に今まで会ったことはないので、よく分からなかった。ヘイリーが何か重たいものを隠している、とすれば、いったい何を隠しているのだろう? ヘイリーには、確かに明るく振舞っている時でも内側に押し込められたような孤独感が潜んでいて、それが彼女に不思議な美しさを与えていた。もしかしたらアリスの言うように、ヘイリーはその深い寂しさをごまかすために他人を利用できないのかもしれない、倫理的な意味でも、実践的な意味でも、僕らはその寂しさを自らの手で解決するしかないという、ごく限られた種類の人間どうしなのかもしれない。

 「私も踊ろう」

 アリスは僕から離れて、ジェイムズとヘイリーのほうへ歩いて行く、音楽に合わせて体をくるくると回転させ、リボンのついた黒いスカートをひらひらさせながら。そしてヘイリーに抱きつき、ジェイムズの手を握りながら、三人で踊り始める。ジェイムズがふいにこっちを見て手招きをする、君も踊りに来なよ、ということなのだろう、僕は戸惑ったように笑いを浮かべるが、ヘイリーもこっちを見て手を振ってくる、そしてアリスも招き猫のようなしぐさで僕を誘っていた。どういうふうにしていいのかよく分からなかったが、僕は観念したように誘いに乗ることにした、三人の輪に入り、音楽に合わせて体を動かす、自分で自分のぎこちなさが分かって正直恥ずかしいような気もしたが、まあ、たまにはこういうのもいいんじゃないだろうか。

 

 

物語のはじまるところ その6へつづくーー