Re: Writing Machine

Teoreamachineの小説ブログ

君の代わりに その5

 

 こへ行こう、と「彼女」は言う。相変わらず驚かされることばかりだが、「彼女」は当日になってもはっきりと行き先を決めていなかったのだ。まさかそんな無計画とは思ってもみなかった僕は、さあ、と首を傾げる、そんなにとっさに、旅行先なんて考えつくもんじゃない。人、人、人の行き交う大きな駅の真ん中で、僕と「彼女」は、しばらく、突っ立ってお互いの顔を見たままでいる。

 「じゃあ、京都にしようか。ベタだけど」

 さも適当に決めましたという感じで放言した「彼女」は、僕の同意も取らずにキャリーケースをしもべのように引っ張って歩き始める。ちなみに、今日の服装も昨日と同じ黒づくめ、しかもキャリーケースもやはり真っ黒だ。しょうがないので、僕はバッグを背負って、帽子を押さえながら歩く「彼女」の後ろを追っかけた。

 

 

 新幹線で移動している間、僕と「彼女」は全く喋らなかった。僕の隣、窓側の席に座った「彼女」は、ただただ、無表情で車窓の景色を見流すばかりでいる。僕も何をするでもなく、じっと天井を見つめているありさまだ。僕と「彼女」の頭上、荷物棚には、キャリーケースとバッグ、そしてその上には、例の帽子が乗っかっている。まるで、スカートを広げた彼女の分身がそこにいるように見えてきて、横にいる本物の彼女と帽子を見比べ、何ということもないのにニヤニヤしてしまう。そんな気配に気づいたのか、いつのまにか「彼女」が僕のニヤケ顔を見ていた。僕は照れ隠しにおどけた表情を作ってみせたが、「彼女」は全くどうでもよさそうに、また窓の外へと視線をやる。少し、固い表情になっているようだった、何か、深刻な秘密を隠していて、それについて考えているような。僕は、とりあえず何も聞かないことにする、まあ、こんな境遇なのだし、悩み事ないし考え事も多いだろう。これから「彼女」の日記を書くことを考えれば、多少の会話は欲しいところではあるけれど。とはいえ、僕は「彼女」に買われている存在なわけだし、基本的には「彼女」の好きにさせるべきだろうと思い、僕は黙ったまま目を閉じ、しばらく眠ってみることにする。見ず知らずの女性といきなり旅行に行くなんていうのは結構な緊張をもたらすもので、あまり眠れてないのだ。新幹線の中のリラックスした空気に誘われるまま、眠りは思いのほか早く訪れる。まっ暗い闇が覆いかぶさってくる、僕は、まるで、「彼女」の帽子の中へと、ゆっくり飲み込まれていくような心地がしていた。

 

 

君の代わりに その6へつづく――